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伊達 紫氏・荒木 早苗氏

~女性医師支援から始めた働きやすい環境の未来~

プロフィール

伊達 紫/福岡県飯塚市出身

1987年 大分医科大学(現 大分大学医学部)卒業、宮崎医科大学(現 宮崎大学医学部)研修医
1995年 宮崎医科大学大学院修了、国立循環器病研究センター生化学部研究員
2002年 宮崎医科大学研究員
2006年 宮崎大学フロンティア科学実験総合センター教授
2008年 宮崎大学清花Athenaサポート室室長兼任
2011年 宮崎大学理事補佐兼任
2014年 宮崎大学副学長に就任

荒木 早苗/長崎県長崎市出身

1981年 宮崎県立宮崎西高等学校卒業
1987年 宮崎医科大学(現 宮崎大学医学部)卒業、宮崎医科大学医学部解剖学教室助教
1995年 宮崎市内の民間病院にて内科医
2004年 宮崎大学医学部附属病院 医療情報部
2008年 宮崎県医師会常任理事就任
2015年 宮崎大学医学部附属病院 コミュニティ・メディカルセンター

医師としてのキャリアのスタートは

伊達 紫氏

伊達

大分医科大学(現 大分大学医学部医学科)を卒業後、宮崎医科大学(現 宮崎大学医学部医学科)で内科の研修医となりました。1年目は大学の内科をローテーションで回り、2年目は県立延岡病院でしたが、採血や点滴すらままならず、薬の処方箋の書き方もさっぱりという状態で、病棟業務や外来業務の一日の流れを把握することで精一杯。とにかく実践的な手技の練習の日々でした。県北地域の拠点病院だった県立延岡病院では、地域の方たちと触れ合う機会も多く、1年目の経験を踏まえつつ、少しだけ余裕もできて、お医者さんとしての仕事が楽しかったですね。

荒木 早苗氏

荒木

宮崎医科大学(現 宮崎大学医学部医学科)卒業後、解剖学の研究室に入りました。その後、妊娠・出産をしたのですが、妊娠の初期から切迫流産のために入院し、安静の生活を強いられました。出産後8週で仕事に復帰しましたが、自分自身が患者となって長期入院を体験し、子どもと向き合う日々を過ごす中で思うところもあって、患者さんと直接関わる仕事もしてみたいと思い、民間病院に就職しました。医師としてはそこがスタートなのですが、地域の病院で患者さんを診ながら、生活背景まで配慮したり、訪問診療で患者さんの家に行ったりするのも、新鮮で楽しかったですね。職場の理解もあって、子どもが小さい間は時短勤務で働かせてもらっていました。

ターニングポイント

伊達 紫氏・荒木 早苗氏

伊達

県立延岡病院の研修では、縁あって神経内科疾患を中心に学ばせてもらっていました。その後、派遣された先が潤和会記念病院で、脳卒中の患者さんを多く担当しました。次は国立療養所日南病院に派遣され、100人近くの重度心身障害の患者さんを診ることになり、いつの間にか神経内科の領域にどっぷり漬かっていました。医師が少なく、休日の当直に入ることも多かった分、勉強する時間もできて、神経内科専門医も取得することができました。まだ駆け出しの医師だった私を、重度心身障害がある子どもたちが毎日病棟で心待ちにしてくれていたことは、今でも心に残っています。あの経験が、医療に携わっていく覚悟へ導いてくれたと感謝しています。

荒木

再び大学に戻ったのが、今の仕事につながるターニングポイントでした。大学病院には医療情報部という部署があり、ITを活用した地域医療連携に関する仕事をすることになりました。そのタイミングで県医師会の広報委員のお誘いもあり、子どもも留守番できる年齢になっていたので、お引き受けすることにしました。もともといろいろな仕事に興味があったので、大学、民間病院に、医師会と、医師の仕事以外の活動も、楽しいという気持ちの方が勝っちゃうんですよね(笑)。

その後のキャリア

伊達 紫氏

伊達

臨床医として4年、業務はこなせるようになったものの、その一方で、基礎医学の知識のなさを痛感することもたびたびでした。もっと勉強しなきゃという思いもあって、大学院に進学し、研究者への道を目指すことにしました。大分で医学生だった時に見た、生理活性ペプチドというホルモンの研究(※)で、隣の宮崎大学が世界的な成果を上げたという新聞記事を、不思議なくらい鮮明に覚えていました。宮崎に来てから、その研究メンバーを大学の学食で見かけたり、医局の先輩たちの研究に没頭する姿がかっこいいなという憧れもあったり。当時の医局の教授が「人生で4年ぐらいは、研究に没頭する時期があってもいいんじゃない」という方針で、研究職への後押しもありました。臨床から大学院、大学院から臨床へ戻る、あるいは研究者になるというキャリアパスが、ある程度確立されていたんです。

※旧宮崎医科大学の松尾・寒川博士の発見した心房性ナトリウム利尿ペプチドは、世界中で急性心不全の治療薬として用いられており、2006年には、肺がんの転移を抑制することも報告されている。

荒木

私は3足のわらじを履きながらでしたが、その後、県医師会の常任理事に就任することとなり、広報や情報システムの業務に加えて、女性医師担当にもなりました。役員の中で女性は一人で、女性医師支援とはいっても、何から始めたらいいのか分からないままのスタートでした。

伊達

大学院では、当然、研究に軸足を置いた生活をしていましたが、臨床も好きでしたので、非常勤で市中病院の外来や救急の当直をしていました。フロンティア科学実験総合センターの教授になってからは、研究はもちろん、医学部や大学院教育に携わりながら、週に半日は大学院時代からの患者さんを診ていました。2006年からは大学の男女共同参画推進に関する業務のリーダーとして、女性研究者の支援や女性教員比率の向上といったミッションにも取り組んでいます。今は専任で大学の管理運営者として仕事をしているので、研究や臨床の機会は少なくなってしまいましたが、これまでを振り返ると、タイミングとか、運とか機会が巡ってきて、パズルのピースがはまっていくように医師やそれ以外のキャリアが必然性を持ってつながっているという感じです。しんどいことはありましたけど、辞めたいと思ったことはないですね。

荒木 早苗氏

荒木

2015年からはコミュニティ・メディカルセンターという大学の新しい部署で、医療・介護・教育分野に携わることになりました。宮崎大学が指定管理者となった田野病院とさざんか苑(介護老人保健施設)を医学教育のフィールドとして、地域包括・プライマリケアの卒前・卒後の一貫した教育で、地域で活躍できる総合医・看護師などを養成することが目的です。宮崎大学が自治体病院の指定管理者となるというのは、日本の国公立大学では初の試みですし、併設する老健施設を運営して介護に関わるというのも初の事例です。

伊達

コミュニティ・メディカルセンターの取組みは、大学の附属病院が地域包括ケアを前提に、介護までを医学生教育のフィールドに含むという面でとても画期的で、厚生労働省だけでなく、文部科学省も注目している事例ですので、成功させたいですね。大学から距離も遠くないところで、このような環境があるということを医学教育の強みにしていきたいと考えていますし、学生に地域医療の現場を見せることができる環境が整いつつあるのは、プラスかなと思います。

荒木

学生の医学部への志望動機を聞くと、救急や小児科志望と同じように、地域医療のかかりつけのお医者さんになりたいという人も多いんです。そう思って医学部に入ったのに、医師になるときには、どうしても専門医志向が強くなってしまいます。興味はあるんだけど、触れる機会がなくて行かなかったというのでは、もったいないです。選択肢を広げるためにも、大学が自前で地域医療のフィールドを持って、学生が見たいと思ったときに、いつでも見ることができるということは大きいですよね。

キャリアを継続していくために

伊達氏「チャレンジできる環境を作っていきたい」

伊達

一番大事なのは、やっぱり医師を育てる側の意識ですよね。男女共同参画社会の実現や女性の活躍促進を「女性を育成する」のではなく「優遇する」、平たく言えば「優しくする」と考える向きも無きにしもあらずです。ともすれば、女性だからということで、早く帰っていいよとか、その辺でいいよと言われることもあるかもしれませんが、当時の私だったら、ばかにされたと感じたかもしれません。仕事をする限りは、それぞれ個人や家庭で工夫していると思いますが、どこかで夢中になる、必死になる時期というのがあるはずです。自分のキャリアの中でラッキーだったと思うのは、指導する側に一切の手抜きがなかったということでした。一つの仕事を終えると、次々と仕事がきて、それを必死でこなしていった時代があったからこそ、上位職に就けるきっかけになったのは間違いないです。ただ、私の場合は家庭や子どもを持たなかった分、ご飯も洗濯もパパッと済ませられたり、休日や夜中でもちょっと大学に行って勉強や仕事をしたりと自由自在だったので、あまり一般的なロールモデルとは言えないですが(笑)。

荒木

私たちが学生だった頃は、女性医師が少なかったので、たとえ出産や育児をきっかけに医師を辞めても、フェードアウトしても、そんなに社会的な問題になることはありませんでした。今のように女子学生が約4割を占める時代では、女性が働きづらい状況というのが、社会的にとても大きな問題になっています。

伊達

今から私がなすべきことは、個々のライフスタイルに合わせたキャリアが積めるようにすることです。学生の大半が、将来は結婚したい、子どもも産みたいという希望を持っています。そういう人たちが、いろんな阻害要因で医師というキャリアを諦めてしまわないように、失望しないように、環境と制度を整えることだと思っています。育てる側もハードルを下げては駄目で、その人の資質を見逃してほしくないんです。宮崎大学では、全学部全学年を対象に、成績上位3人を表彰する「夢と希望の道しるべ」という奨学金制度があり、昨年度表彰者の54%が女子学生でした。日本では、会社役員や国会議員の女性の割合が極端に低いことが世界中で知られていますが、それはポテンシャルの高い人材を有効に活用できていないということでもあります。これは、男子学生も女子学生も一緒なのですが、国家試験に通って医師免許を取るという自己実現だけで終わってほしくないんですね。自分の目標を達成するのはよしとして、それを社会にどう還元していくか、地域の期待にどう応えていくか、というところまで考えてほしいと思っています。そのためには、まず育てる側のバイアスを取り払って、ハードルを上手に上げながら、育つ側も自分の殻を破って、チャレンジできる環境を作っていきたいです。

荒木

宮崎大学も定員を増やしたり、地域枠を設けたりして、地域で働く医師を増やそうと努力していますが、入り口だけではなく、入ってきた人がどう続けていけるかも課題の一つです。私自身も子育てしながら働き続けるために、自分と夫と、自分の両親まで含めて、協力体制があったからこそ、辞めずに続けてこられたのだと思っています。妊娠や子育てなどによりフルタイムで働けないとなると職場に居づらい雰囲気になるだとか、県外出身の女性医師からは、近くにサポートしてくれる人がいないから仕事を続けられないという話を聞くこともありました。所属機関の上司の意識という面もありますが、仕組みでカバーできることもあるはずです。若い世代には責任を持って医師という仕事を全うできるよう、上司にはそれを実現できるような意識改革をきちんとやっていきたいと思っています。

始まりは女性医師支援から

伊達 紫氏・荒木 早苗氏

荒木

2010年に、医師会では女性医師の相談窓口を作って待遇改善に役立てたり、夜に開催される勉強会や研修のために臨時の無料託児ルームを設置したりしていました。その頃、伊達先生にお声がけいただいて、医師会と大学と県で、医療現場における働きやすい環境を考える検討会を一緒にやろうということになりました。

伊達

大学では、2008年から3年間、文部科学省の補助で、女性医師や大学職員のための休憩所を学内に設置しました。出産後の人は、搾乳ができたり、お乳も凍らせて保存して持って帰ったり。それまでどうしていたのか聞いたところ、トイレの個室だったり、使ってないほこりだらけの研究室に鍵をかけて隠れて搾っていた、なんて話も聞きました。

荒木

私もまさにそうで、乳腺炎にもなりました。でも、場所がないから部屋を作るなんて思いもつかなくて、当時はそういうものだと我慢していたんです。

伊達

もっと早く始められればよかったですね。行政や大学幹部、医師会の理事など、施設や設備を決められるレベルに、荒木先生のような経験をした女性がいるということが大事なんです。利用頻度とか、経済効率性ではなくて、一人でも必要な人がいれば、それは他の人にとっても必要な設備であるということが、真実味を持って伝えられると思います。最初は利用者も少なかったのですが、一人に使っていただくと、明るくて清潔でプライバシーも守られて良かったと、口コミでどんどん広がっていきました。

荒木

一番初めに制度化できたのは、キャリア支援枠の取組みです。例えば、子育て中の女性医師の勤務時間が男性の半分とした場合、それが0.5人分のマイナスと捉えられてしまうと、かなりのイメージダウンで、女性医師も勤務しづらくなるんですよね。子育て自体が負担というより、職場の居づらさが原因で辞めてしまう人もいるんですよ。その逆の発想で、子育てや介護など、さまざまな理由で勤務時間を調整したいと考える医師が病院長裁量でプラス枠として入るというのが、キャリア支援枠です。当直なし、時間外呼び出しなしという条件で、岡山大学の事例を参考に構築しました。宮崎大学での対象者は、本学出身者や大学病院で勤務歴のある医師だけでなく、男性・女性を問わず、時短勤務を経てキャリアアップを目指すあらゆる医師が、この制度を利用できるようにしています。

伊達

他県から移ってきた人であっても、受け入れ可能です。診療科や時間や曜日などの勤務条件に合った病院を探したり、専門医資格を取るための実践的トレーニングや、経験を積みたいという要望も受け入れています。キャリア支援枠は5枠あるのですが、そこから正規雇用になる方もいらっしゃいますし、入れ代わり立ち代わりで、常に3~4枠は埋まっている状態です。

荒木

大学の医局に所属する若い女性医師たちが、妊娠・出産をきっかけに、民間の病院へ移ることも結構あるんです。そこでは非常勤の医師として働くことも多く、そうなると大学の管轄外になってしまって、子育て中の女性医師がどこに勤務しているのかも把握しにくい状況になります。今後、大学と医師会で一緒に取り組めば、大学病院と民間病院のどちらも選べるし、条件に合った働き場所も紹介しやすくなります。

伊達

手術明けの医師に代わって病棟業務を担う役割だとか、日中の外来も対応できるので、プラスの戦力として認知されてきているなと感じます。そのまま正規雇用になることもありますし、外資系薬剤メーカーにマネージャー職でヘッドハントされた事例もあります。金銭的なことに限れば、大学病院は民間病院よりも給与は安いですが、利用者も、学位をとるとか、研究したいなどの目的意識がはっきりしている方がほとんどなので、上司から仕事を任され、必要不可欠な手放せない人材になって、そのまま医局の助教で採用という例もありました。

荒木

そういえば、一番初めの利用者は県外からの方でしたね。キャリア支援枠は、大学病院長の枠で給与を出し、所属先に勤務条件の確認をとるので、精神的にも楽だと思います。

伊達

私たちも勤務条件の確認をとる上で、当直もちょっとだけならいいよねという要求には絶対に首を縦に振りませんし、所属先にも最初の条件を守ってもらっています。

誰もが働きやすい環境を目指して

荒木 早苗氏

荒木

他にも、医師会では県からの補助金を利用し、保育支援サービスを実施しています。地域の子育て支援に関心のある方々の中から保育サポーターさんを養成し、女性医師の子どもをあずかってくれるという仕組みです。大学の先生方にもご利用いただいていて、現在、子育て中の女性医師の登録者は約40人になりました。実際に利用された方々からは、とても助かっているという評判をいただいていますし、登録のみで利用はまだだけど、という先生からも「いざというときに、誰かが助けてくれると思うだけで安心して働ける」と言っていだたけたのが、とても印象に残っています。働いているお母さんたちは、常に「子どもが、けがとか病気で急に呼ばれるかもしれない」という不安を持っています。医師だって同じです。この保育支援サービスは、女性医師を助けるだけでなく、住民が地域医療そのものを支えるんだという意識が、サポーターの皆さんとも共有できていると感じています。誰か助けてくれる人がそばにいるということが、どれだけ心強いかも分かっていますので、私たちみんなで、女性医師の「実家のお母さん」になることを目指しています。

伊達

このサービスが医師会の会員だけでなく、大学病院の医師も利用できるようにハードルを下げて、誰でも受け入れる体制をとることができているのは、医師会と大学と県とが一緒の方向を向いて、地域医療を支えようとしているからです。少し話は脱線しますが、学内の外国人留学生から、宮崎では地域の方々がいろんな手助けをしてくれるという話をたくさん聞きます。ドラッグストアでシャンプーとリンスが分からないときに、店員さんが丁寧に教えてくれて、都会ではほっとかれたのに、言葉が通じなくても伝えようとしてくれるのにびっくりしたとか。先ほどの保育サポーターさんのように、自分にも何かできるんじゃないかなと考えてくれることが、宮崎の地域性なんですよね。宮崎の県民性といえば、のんびりしてるとか、競争心がないとかをマイナス面として捉えがちですが、相手の立場になって一緒に考えて行動するというプラス面もあるので、この強みをポジティブに発信していけるといいですよね!

荒木

キャリア支援枠も、保育支援サービスも、対象は女性だけではないということも知ってほしいです。子育て中の女性の支援をメインにしていますが、男性もご利用いただけます。

伊達氏「誰もが自分自身をマネジメントしていける環境を整えたい」

伊達

体調を崩して通常勤務ができなくなった場合や、早くにパートナーを亡くしたシングルファーザー、多感な時期の女の子のいる父子家庭にも支援が必要です。実は、声を上げにくいのではないかと心配しています。これからの日本の人口推移をみると、働く世代は親の介護も始まりますので、男性・女性に関係なく、支援が必要な場面はたくさんあると思います。

荒木

女性医師の保育支援は取っ掛かりのスタートで、男性も女性も育児に参加しつつ、人間らしい働き方ができるという制度を作っていかないといけないですね。ワーク・ライフ・バランスは、自分の仕事と家庭のどちらかを選ぶのではなく、家族みんなのライフが基礎にある上でのワークなので、男性も女性も関係ないです。

伊達

いずれ「女性支援」から「女性」の文字が取れて、本当に必要な人が必要な支援を利用できる制度が整っているのが、当たり前の社会を目指したいです。日本の社会が、お父さんは外で24時間働き、お母さんは子育てと家事に専念してお父さんをサポートするというペアがあるから家庭が成り立っていて、それが家族の幸せと合致していた高度経済成長期からすると、今はものすごく戸惑いがあると思うんですね。大量生産・大量消費の時代が変わって、GDPじゃない豊かさを求めている若い世代が、子どもの成長を見ることができたり、親をみとったりと、人間らしく生きていけるライフを考える機会を増やしつつも、医師として社会に求められていることや自分の挑戦で充実感を得られるワークを手に入れられるように、自分自身をマネジメントしていける場所や環境を整えるのが、これからの私の役目かなと思っています。

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宮崎県医師会 女性医師相談窓口(地域医療課)

2004年に女性医師委員会を発足、女性医師フォーラムの開催や復職プログラムの検討を展開。2009年には、女性医師相談窓口を開設、女性医師同士の情報交換のための交流会開催やメーリングリストも開設するなど、女性医師特有の問題の相談に乗っている。研修会や講習会時の無料託児ルームの設置や勤務形態に応じて保育支援にあたる者の紹介など、女性医師の離職防止や再就業の促進にも取り組んでいる。

〒880-0023 宮崎市和知川原1丁目101
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清花アテナ男女共同参画推進室

前身の清花Athenaサポート室の頃から、女性研究者支援事業を展開。2011年10月の設置以降、宮崎大学の男女共同参画推進の拠点として、学内に搾乳スペースの設置や女性用休憩スペースの提供、育児・介護に関する相談対応と情報提供などに取り組んでいる。

清武キャンパス
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宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療薬務課)
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