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片山 陽平氏

山林に囲まれ、一ツ瀬川の清流が美しい、絵画のような風景が広がる西米良村。人口1200人足らずの小さな村には、公立の診療所が一つだけ。19床の病床を有し、2人の総合診療医が働いている。救急医療も含め、保健センターと特別養護老人ホーム、地域包括ケアセンターと連携し、村民一人一人の健康状態と、生活背景まで考えたQOLの向上を実現している。

profile

片山 陽平(かたやま ようへい)

  • 宮崎市出身。
  • 2007年に自治医科大学卒業後、宮崎県に入庁し、宮崎県立宮崎病院にて初期臨床研修。
  • その後、県内の公立病院や宮崎大学医学部地域医療学講座(当時)を経て、現在は国民健康保険西米良
    診療所の所長として活躍中。
  • 宮崎大学医学部第一内科消化器グループや西都児湯医療センターでの研修を続けている。
  • 日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医
  • 日本医師会認定産業医

地域医療への興味

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自治医科大学は、キャンパスまで歩いて5分の寮生活でしたから、医学の勉強に専念できる環境でした。大学は栃木県でも田舎の方でしたので、部活動の入部率が高く、私もフットサルのサークル活動に熱中していました。卒業後は、それぞれ出身地に戻ることになるのですが、全都道府県に友人がいるというのが人生の糧にもなっています。

都道府県によって多少の違いはあるのですが、宮崎県の場合は、卒業後9年間の義務年限( 義務外の研修期間1年を除く)があり、へき地の公的医療機関などで勤務します。実際のところ、その10年が経過した後、そのまま地域に残っている先生はそれほど多くはありません。自分もいずれは専門領域を見つけて、専門医の道に進んでいくのだろうなと思っていました。

私の場合、専門医志向はそれほど強くなく、県立病院での初期研修では内科一般を学び、後期研修では宮崎大学医学部の消化器グループで専門的に学ばせてもらいました。その後、美郷町や西米良村で働いているうちに、やっぱり地域で働く方が楽しいなと思い始めたのが6、7年目ですので、割と最近ですね(笑)。義務年限を終えた先輩方が後方病院の各専門科に増えており、症例の相談など、さまざまな場面で勇気づけて下さいました。これは地域で働くわれわれ後輩にとって非常に心強く、地域医療を続けられる大きな要因です。

もともと自治医科大学に入学した時点で、地域医療に携わりたい気持ちや覚悟は持っていましたし、今の西米良村での「かかりつけ医」の仕事がとても気に入っているんです。

医師としての自立

基本理念

医師になって3年目で西米良村に派遣されて、6年目の先輩と二人で診療所を切り盛りしていました。西米良診療所には、医学生の頃に夏期実習と、初期研修のローテーションで1カ月間来ていたので、地域にはすぐになじめたのですが、実際に臨床の現場に出てみて一番戸惑ったのは、救急医療や医療連携の場面でした。

事故現場からの情報が不十分なことはいつものことで、搬送先の受け入れの可否で苦心し、医師・看護師同伴の判断でも悩みます。現場に駆け付ける一方で診療所の業務がストップしてしまうので、その後の対応にも追われますが、スタッフと一緒に悩み、励まし合いながら、目の前の難題をクリアしていきます。達成感と喜びが共有できるのが地域医療の原動力にもなっていますし、地域医療の醍醐味だと感じています。

目的や志を同じにする仲間がいることは、医師としてのモチベーションに大きく関わってきます。医療スタッフが少ないことも皆さん知っていて、村の職員さんのサポートや住民の心遣いをいつも感じるので、この地域の、この人たちのためにと、医療に従事する奉仕者としての自覚が自然と強くなるのかもしれません。

西米良以外の市町村でも、異動・勤務していましたが、医療圏が違えば、搬送先の病院も変わりますし、そのレスポンスのスピード感も違います。大きな病院に患者さんを搬送しなければならないときには、窮状を訴えて、なんとか患者さんを受け入れてもらおうとするのですが、なかなか危機感が伝わりづらいと感じることもあります。医師も人間ですから、お互いの顔を知っているかいないかで、電話したときの対応が大きく変わったりすることもあります。

例えば、医療圏ごとに紹介先の病院で研修を受けてから、へき地の病院や診療所に派遣されるような制度があれば、この問題を解決できるかもしれません。そうすれば、研修期間中にレベルの高い専門領域も学べるし、医師同士がお互いに人となりを知ることができるので、その後の連携もスムーズになるのではないでしょうか。

診療所の日常

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朝、超音波検査と内視鏡検査を1、2件行ってから、外来診療が始まり、一日に40〜50人ぐらいを診ます。午後は、往診や健診があるので、基本的に外来の患者さんは午前中に来ていただくようにお願いしています。通常の勤務は医師二人で交替しながら、急患が来た場合は二人で対応し、患者宅や事故現場に駆け付けることもあります。

往診は週に1日、在宅患者さんや特別養護老人ホームなどを回診します。ご高齢で通院が困難な患者さんや、送り迎えできる家族の方が同居していないなど、訪問診療は今後も必要とされると思いますが、それにはマンパワーが必要です。

山村の医療は、救急や専門家受診の面では不利です。だからこそ、かかりつけ医として、予防や早期発見の大切さを痛感しています。

高齢者だけでなく、働く世代の健康支援も必要です。健診や人間ドックの受診はもちろんですが、大人のライフスタイルを変えることは難しい。ならば、小・中学生の時期から健康教育に取り組んで、地域住民みんなで健康意識を持つことが、健康寿命を延ばし、元気な村を維持することにつながると考えています。

われわれ自身も健康でなければなりません。医師は二人ですので、どちらかが欠けても診療所の機能は立ちゆかなくなってしまいます。医師だけでなく、どの職種でも、そう余裕はありませんので、休むわけにはいかない。それぐらいの覚悟を持って臨んでいます。ただ、リスクマネジメントとして、自治体や医療圏ごとに人員をプールしておいてもらえるようなバックアップの仕組みがあると、地域住民も医療従事者も安心でしょうね。

地域医療の魅力

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診療時間は終わっていても、患者さんからすれば24時間ずっとお医者さんなので、道を歩いていても温泉に入っているときも、いつでも声を掛けてきてもらえます。地どれの農産物やお肉を頂いて、その方のなりわいを知り、居酒屋でおしゃべりしながら、病院以外での生活や家庭背景を把握して、マネジメントに生かす。患者さんとの距離が近いので、いろんな本音も耳にして、気が引き締まることもたくさんありますが、負担に感じたことはありません。

この地域で生活を共にするという強い気持ちがありますし、患者さんからの感謝や励ましの言葉が、医師としてのやりがいに直結するのが地域医療の最大の魅力です。

地域医療を目指す人へのメッセージ

国民健康保険西米良診療所

私の指導医の一人がおっしゃっていたのが「医師になって最初の10年が重要!ここで、どれだけできるか。」という言葉で、25歳からの10年間は、医師のキャリアとしても重要ですが、恋愛や結婚も含め、人生のいろいろなイベントを経験する貴重な時期でもあります。理想の医師像も変われば、希望の診療科が変わることもあるでしょう。地域医療に従事しながら、サブスペシャリティを磨いた先輩たちの姿を数多く見てきましたし、ハードルは決して低くないですが、共に働く仲間を待っています。

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宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療政策課)
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