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児玉 由紀 氏

プロフィール

1991年宮崎医科大学卒業、宮崎医科大学医学部産婦人科に入局、翌年(1992年)鹿児島市立病院へ出向し、研修を受ける。米国留学も経験し、周産期センターへ入職。周産期医療のスペシャリストとして勤務しながら、大学教官としても後進の育成に情熱を注いでいる。

児玉医師 プロフィール写真

  • 1991年3月 宮崎医科大学医学部 卒業
  • 1991年6月 宮崎医科大学医学部附属病院 産科婦人科入局
  • 1996年6月 カリフォルニア大学アーバイン校小児科留学
  • 1998年2月 カリフォルニア大学サンフランシスコ校産婦人科留学
  • 2000年4月 宮崎県立延岡病院 周産期センター 副医長
  • 2010年8月 宮崎大学医学部附属病院 総合周産期母子医療センター 准教授
  • 周産期(新生児)専門医
  • 日本周産期・新生児医学会
  • 新生児蘇生法「専門」コース(Aコース)インストラクター

産婦人科医師として

産婦人科医師に進むきっかけを語る児玉医師

何か社会の役に立てる仕事がしたいとは思っていました。漠然と、学校の先生になろうか、とは思っていたのですが、医師になろうと思ったのは、高校の時期に担任の先生から言われた一言、「医者になる気はないか?」が実は最初のきっかけです。祖父や父が喘息だったこともありましたが、自分の成績で医師という職業ができるのなら…と思い、医学部を受験しました。

医学部で受けた授業は外科も内科もすべてが面白かったです。ただ、いろいろな方面に興味があって、女性でも外科系でやっていけるのかどうか、医師としてのキャリアの悩みもありました。

いよいよ卒業間際になり、産婦人科を訪ねたときに、池ノ上先生から「ここで宮崎の周産期の死亡率を減らすことができる!」という話をお聞きしました。鹿児島での実績もさることながら、常に情熱的な先生の姿に感銘を受け、産婦人科の道に進むことを決めました。

池ノ上先生が主治医として担当されていた、日本初の五つ子誕生で有名になった鹿児島市立病院で1年間研修を受け、大学へ戻りました。新生児室(*NICU= Neonatal Intensive Care Unit)で、未熟児に人工呼吸器をつけるところから始まり、保育器の導入、24時間体制で昼も夜も全ての仕事を同僚の先生たちと交替で担当し、それはもう大変でしたが医師として充実の日々でした。

周産期母子医療センターの胎動

周産期母子医療センター内の施設

医師7年目のときに、宮崎大学医学部附属病院に周産母子センターが設置されました。その頃には、初期臨床研修制度の中で、4か月の新生児医療のトレーニングを受けられるようになっていて、研修医たちが順繰りに医局に帰って来て、センターとして稼働できるだけのマンパワーもなんとか確保できるようになりました。

もちろん新生児だけでなく、婦人科の仕事も産科の仕事もありながらの新たな取り組みでしたが、新生児トレーニングを受けた医局のスタッフが2次施設で対応し、そこでも診れないようなハイリスクの患者さんたちを間髪入れず、こちらに搬送するという仕組みを作っていったのが1998年頃からです。池ノ上先生をリーダーとして、鮫島先生、池田先生、金子先生の尽力があり、まずは県立の3病院にNICUを設置。宮崎病院にはNICUがすでにあったのですが、延岡病院と日南病院は同じ時期にNICUが出来ました。この時から県内の周産期医療の連携体制が整られたことになります。

勤務医の日常とセンターの役割

勤務医の日常1

朝8時からカンファレンスです。双方向性の画像システムがあり、普段は大学の産婦人科の医局と繋がっているのですが、毎週月曜日には、県内の周産期センター、鹿児島市立病院、国立循環器病センター、大阪のベルランド総合病院、船橋中央病院と一斉に繋いで、各病院からの症例発表や所見、レアケースの経過観察などを知識を共有しています。カンファレンスは毎朝だいたい1時間ぐらいですね。

基本的に午前中はNICUの回診です。重症の赤ちゃんたちがいますので、気が抜けないのですが、医学生たちがいれば教育指導として一緒に診て回ります。午後には処置対応や、面会に来られるご家族への説明もありますね。

体制としては、大きく3つに分かれていて、産科・婦人科・新生児それぞれのチームに指導医の先生がいます。その下に中堅クラスと若手の先生がいてローテーションを組んでいます。私も指導の役割になり、以前に比べればずいぶん少なくなりましたが、週に1度は外来と、当直にも入っています。

センターには、NICUが9床、隣接してGCU(Growing Care Unit)が12床あり、心拍や呼吸状態などが安定して順調に体重を増やすだけという赤ちゃんは、GCUに移して、退院前のお母さん方への指導にあたります。

いつ母体搬送や新生児搬送があるかわからないので、大変といえば大変ですが、嫌だと思ったことはないですね、それが楽しいと思ってやってきたので。ここに運ばれてくるということは、頼ってきてくださっているわけで、なんとかしたい、新生児の管理をしていて、治療が上手くいけばすごく嬉しいですし、退院までいけばよかったなーと。

勤務医の日常2

センターでの新生児管理は、呼吸や全身状態の管理からです。早産の赤ちゃんは人工呼吸器や点滴は必須ですし、胸水があるときはドレナージが必要です。内臓や脳神経などいろいろな外科疾患にも対応しています。胎児期の超音波検査で心臓の病気が分かることもありますし、産まれた後の動脈管開存症など手術が必要な場合もありますので、小児外科や麻酔科、未熟児網膜症治療をしていただく眼科の先生たちと連携して進めています。私たちは術前術後の全身管理を担っています。

運ばれてくるのはやはり非常に未熟な早産の赤ちゃんで、お腹の中にいる状態で母体ごと搬送されてくる方が多いです。ケース・バイ・ケースの対応を求められますが、早く出さないと危険な場合もありますし、もう少し中にいてねと子宮収縮を止めようとしても生まれてくる場合もあります。

周産期母子医療センターの役割について語る児玉医師

今までで生存している赤ちゃんで一番小さかったのは300グラム台ですが、小さな赤ちゃんたちは、いろんな治療が必要となってきますので、生まれてからしばらくの間はまったく目が離せないんです。そうなるとマンパワーが必要になってきますので、2次施設の人が少ないところでは対応が難しくなってくるのかなと思います。

都市圏で時々ニュースになっていたりもしますが、NICUがいっぱいで搬送入院を断るというような話が一番心が痛みます。お母さんと赤ちゃんのことを考えると、それを理由に断るなんてとてもできません。

ベッドは合わせて21床あるのですが、このセンターが受け入れオーバーになると最後の砦として機能しなくなってしまいます。しかもいつ緊急入院してくるかもわからないですし、今は空いていても急に重なるときは重なるもので、満床の時どうするかというのはいつも考えています。

周産期医療の魅力

周産期医療の魅力1

周産期センターでは、産科的な母体と胎児の状態を把握したうえで、それを踏まえた新生児の管理ができる、それが私たちの一番のストロングポイントです。産科の知識があったうえで新生児の管理に入っていますので、赤ちゃんの命はもちろん、お母さんにとっても安心してもらえるお産を実践していきたいと思っています。

また、研修施設としても充実させていかなければなりません。ハイリスクの現場ではありますが、その面白みとやりがいはしっかり伝えていきたいと思っています。たとえいくら夜中に起こされようと呼ばれようと、やっぱり一番の醍醐味は、赤ちゃんが元気になって退院していくところです。それがあるから大変な勤務でも報われて、笑顔になれるんです。

実は私は初めから産科のお医者になるつもりではなく、大学の卒業間際に産婦人科を選んだ時も、新生児を専門にやっていくなんて想像もしていなかったのですが、小さく産まれてきた儚なげな赤ちゃんが元気になって退院していく姿を見て、医師の管理の重要さと面白さ、その研修医の頃の感動がずっと続いているのかなと、今振り返ると、そう思います。産婦人科になってくれる人を増やすためにも、自らの経験を踏まえて指導しつつ、産婦人科の魅力と醍醐味を伝えていきたいですね。

宮崎の周産期医療

特に宮崎は働きやすい環境が整っていると思います。

池ノ上先生、鮫島先生を筆頭にこの20年間で県内全体での教育や仕組みづくりができていることもあり、開業医の先生方もそれぞれ頑張っておられるので、2次施設へも3次の大学病院へも、患者さんの管理に問題があって送られてくるというようなことが、いまやあまりないんです。

県外に行ったお医者さんからは、先ほどの受け入れ病院のたらい回しなどの問題も含め、苦労話を聞いたりするともありますが、宮崎では開業医の先生たちから早め早めに連絡があり、搬送受け入れの対応も取れますので、安心してお産に取り組むことができていると思います。センターで受け入れている新生児の入院は、160件から多い年で180件ぐらいでしょうか、それほど多いわけではないのですが、大学病院で1000グラム未満の超未熟児を常時受け入れることが可能なのは、2次施設である程度1000グラム以上の赤ちゃんを受け入れて診れるという役割分担があってこそなんです。

宮崎の周産期医療について語る児玉医師

周産期医療の充実の指標の一つに周産期死亡率という数値があるのですが、この指標が継続して全国トップレベルにあることは、県内の産婦人科医が一体となっている一つの成果だと感じています。文部科学省や県外からもいろいろな先生方が視察に来ていただいていますし、実際に学生や研修医の見学希望も多いです。

私が医師になりたてのころから思い返すと、今の県内の周産期医療体制は完成に近づきつつあると実感します。私たち産婦人科医のレベルも上がってますし、看護師さんのレベルも格段に上がってきました。この周産期医療・新生児医療というのはチーム医療ですので、一人の医師の力ではどうにもならないんです。看護師さんの力は大きいですね。チーム全体としてレベルを上げていかないと、いい医療の実現や成果には結びつかないですから。そして皆さんが安心して宮崎でお産ができるような社会になっていくのが理想です!

周産期医療とは

妊娠22週から生後7日までの期間を周産期といい、かつては産まれるまでは産科で、新生児は小児科と、出生前後の受け渡しが行われていた。出生前の母体・胎児から産後の一連の状態を把握することで新生児の管理のクオリティが上がり、首尾一貫したリーズナブルな対応も可能になるというのが宮崎の周産期センターのコンセプトの一つとなっている。

宮崎医療マップ

宮崎の周産期医療体制

宮崎県を大きく4つの地区、北部、中央部、南部、西部に分け、8つの周産期センターを配置。(北部に県立延岡病院、中央部に宮崎大学病院・県立宮崎病院・宮崎市郡医師会病院・古賀総合病院、南部に県立日南病院、西部に国立都城病院・藤元総合病院)
どの地区の周産期センターにも、一次分娩施設からは救急車で60分以内に到着できるようになり、必ず受け入れ可能な体制が構築されています。

※宮崎県の周産期の死亡率は出生1000人に対し3と少なく(全国平均が5)平成11年と平成16年に全国1位。

最後に先生にとっての医療とは?

ひとりでも多くの赤ちゃんが幸せな人生を送れるようにすること 宮崎大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター准教授 児玉 由紀

宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療薬務課)
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