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大堂 雅晴 氏

手術直後で手術着のままインタビューとなってしまいましたが、これが外科医の日常。最上階の窓から見えるマウンテンビューが最高のリラックス空間で、小林市での暮らしも「自然が多くて快適です」と、笑顔で語っていただきました。

PROFILE

熊本県生まれ、久留米大学医学部卒業。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器病学会指導医、日本内視鏡外科学会手術認定医、日本肝臓学会専門医、日本超音波学会指導医、内視鏡外科学会技術認定医、日本がん治療認定医機構暫定教育医

肝胆膵の手術を中心とした消化器外科医として九州各地の病院に勤務。久留米大学病院、エール大学留学を経て、学会活動にも精力的。
消化器外科、内視鏡手術、超音波検査などの高い知識と技量を有するエキスパートとして2011年4月より小林市立病院に勤務。スタッフからは「いつも穏やかで仏様のよう」と親しまれているテニス好きのドクター。


三代続く医師の家系 幼い心に刻まれた原風景

私の祖父は天草の片田舎で産婦人科を中心とした開業医で、祖母は助産婦として祖父を手伝っていました。夏休みはいつも祖父母の自宅兼医院に遊びに行っていたものです。橋、道路もまともに通っていない、ボンネットバスが主流であった時代のことですので、二人で歩いて山を越え、往診し、寒い廊下に待たさされつつも、お産に立ち会っていたという話を聞いていました。

幼少時に亡くなった父も外科医でしたので、当然医学部に進むだろうとの周りからの過大な期待への反発もあり、高校生までは進路を決めかねていたのですが、学問、生活面での指導を受けた宮崎在住の叔父の助言が転機となり、医学部へと進路を選ぶことになりました。記憶にはない父に対するかってなイメージもあり、大学生活後半には外科医になることを決意しました。

私たちの時代は、昨今のようなローテートシステムで多くの科を経験するという研修医制度はありませんでしたので、卒業後はすぐに研修医として外科の世界に飛び込み、その後大学での研究・検査・手術の研鑽生活でした。


求める人がいる限りどこへでも 新天地での新たなる挑戦

久留米大学の医局を離れ、熊本へ。国立病院機構熊本医療センターは、“救急患者を断らない”ことをモットーとした熊本市中心にある病院で、そこでの勤務が6年間。そんな折、たまたま病院説明会で出会った小林市立病院から来てもらえないだろうかという要請をいただき、また救急を経験している医師も必要とのことで、お受けすることにしました。

小林市立病院では、ほかの病院、医院の先生とコミュニケーションを持って診療にあたるというチーム医療を推進しています。すべての科が揃っていない当院では、一病院治療完結(治癒)型が困難なこともあり、地域病院、医院それぞれの施設での特色を結集し、地域完結(治癒)型を目指した医療ができるように地域の先生方との連携を進めています。

患者さんの手術や治療にあたっては、外科だけではできないことも多く、たとえば血管造影などIVRを必要とする治療は当院ではできませんが、可能な範囲の医療業務は、本邦での標準レベルの医療を提供することを目標に、超音波領域での検査部門の指導、個人的には積極的に学会に演題を提出し、参加することによる情報収集も心掛けています。




当院は宮崎県南西部の小林市中心部にあって、対象人口約8万人の西諸医療圏における中核病院として位置付けられております。昭和23年1月小林町国民健康保険組合直営診療施設小林病院として開設され、平成21年9月現病院舎へ新築移転、平成22年4月グランドオープンしました。

災害拠点病院及び感染症指定医療機関で、許可病床数は147床(一般143、感染4)です。残念ながら折からの医師不足の影響により、循環器内科、小児科および産婦人科常勤医不在となり著しく病院機能が低下しましたが、西諸医師会の多大なるご協力を得て、「地域医療」確保のため、二次救急と入院治療へ特化した地域医療支援病院として各医療機関との連携や機能分担を進めています。さらに、地域住民や議会および行政も一丸となって、「地域医療」を守るべくその対策に積極的に取り組んでいます。病院スタッフはもちろん当地すべての住民が、一緒にがんばってくださる先生方を熱望しています。

最後に先生にとっての医療とは?

宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療薬務課)
〒880-8501 宮崎県宮崎市橘通東二丁目10番1号 TEL 0985-26-7451
ishishohei@pref.miyazaki.lg.jp