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吉村 学氏

Profile

鹿児島県出身。1991年、宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)を卒業後、自治医科大学地域医療学教室で地域医療・家庭医療を学ぶ。2003年より岐阜県揖斐郡北西部地域医療センターのセンター長に着任し、地域で医療者を育てる先駆的な取組みを始める。オリジナルな教育施策と多職種連携の実習が評判を呼び、講演や著書多数。2015年、17年間に渡る診療所での総合診療医から、出身大学の教授へと大きく転身し、宮崎の地域医療を着実に変えている。
日本プライマリ・ケア連合学会理事(IPE担当)

地域医療に携わるきっかけは?

吉村先生1

「幼い頃は体が弱く、夜中によく熱を出すこともあって、病院に通うことが多かったんです。今考えると、その先生は時間外の診療にも優しく応じてくれていたんですね。」

少年は、自然と身近な町医者の姿に憧れを持つようになっていた。

「鹿児島の田舎でしたので、小さい子どもからお年寄りまで、怪我の治療から内科の診察まで何でも診る。近所で何かあれば駆け付ける。老衰で亡くなる方の看取りもするし、学校医でもあったので、入学式や卒業式にはいつも居て、みんなからリスペクトされていました。」

田舎の開業医の仕事は、まさに総合診療医。そんな医師の姿に憧れて医学部を目指した青年にとって、大学の授業には違和感があった。

「みんな臓器別専門医に進むのが前提で、授業は全て座学でしたし、大学病院に実習に行っても「学生は見とけ」という感じで相手にしてくれない。面白くなくて授業にも出なくなってしまって…。卒業する直前ぐらいでしたか、国家試験の特別講義で自治医科大学の玉田 太朗先生がいらっしゃって、その講義の最後に自治医大の地域医療学講座を紹介されたんですね。総合診療医を育て始めたという話で、同級生から、行ってみればと進められ、そのまま入りました。」

日本ではまだほとんどなかった総合診療医の教育システム。自治医科大学で卒後研修を受けることに決めた。

吉村先生2

「自治医大ではマンツーマン指導が基本だったのですが同期が9人で、指導医が6~7人と数が足りなかったため、当時の講座の教授の五十嵐先生から直接指導を受けていました。見た目はただの日焼けしたおじさんだったのですが、地域医療とは何か、TPOに応じたコミュニケーションの大事さといったことを教えてもらいました。海外事情も日本で一番詳しかったのではないでしょうか。今思うと、実験的な取組みにもたくさん関わらせてもらって、ありがたかったと思います。」

当時の自治医科大学の研修は各診療科を回るローテーション方式で、今でこそ卒後臨床研修では一般的だが、特長的なのはへき地や離島などのフィールドの広さ。

「研修場所は、東京の新島、宮崎では椎葉村にも行きましたね。3~4年目の2年間は群馬県六合村(現在は合併して中之条町)に。その後、自治医科大に戻って学生教育に携わることになりました。宮崎からの学生で松田先生(宮崎大学医学部地域医療・総合診療医学講座 講師)が入ってきたのもちょうどその時で、都城訛りですぐに出身が分かったんです(笑)。」

地域医療の医師の仕事って?

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「骨が折れた、虫に刺された、といった外来診療を軸として、地域に住んでいる人を、性別や年齢・疾患に関わらず、全てを受け入れます。外来以外にも病院に連絡があれば、駆け付けることもあります。最近あのおじいちゃんの姿を見ないけど、どうしたんだろう、とか。裸で包丁を振り回している人がいて、警察を呼ぶけれど、吉村先生も呼んでいい? といった要請もありましたね。精神科の病院なんてない地域でしたから、ファーストタッチは私が行っていました。」

外来の受け入れや要請に応じての往診以外にも、気を配っていることがあるという。

「夏場だと、家の中で熱中症になりかけのおじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいるんです。猛暑日には、高齢者世帯の全件に電話をかけてまわって、出ないとなれば家に駆け付ける。他にも予防接種や地域の健康教室、健康診断を受けましょう、タバコもやめましょうという『攻める』予防医療も地域医療の領域です。」

地域医療には、治療だけでなく、予防、介護・福祉、リハビリテーション、そして在宅医療も含まれる。在宅医療の実現には、病院と住民の意識を変えることが必要である。

在宅医療のすすめ

2003年に岐阜県揖斐郡北西部地域医療センターのセンター長となってからは、地域医療そのものをより充実させ、家族に頼らない在宅医療、独居でも看取りができるまでの体制を整えた。

「在宅医療と聞くと、「仕事を辞めて家にいないといかんですかね」と心配するご家族がたくさんいらっしゃるんです。その度に「いやそうじゃないんですよ、仕事は辞めないでください」と説明して回るのですが、やはり在宅医療の生活がイメージできないから不安にもなりますよね。」

宮崎県は住民に対しての病床数が多く、他県と比べて入院日数が長いというデータがある。いったん入院してしまうと亡くなるまで病院で、という流れができてしまっており、自宅には戻らない患者が多くなっている。

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「患者さんもその家族も、家で死ぬということを想像すらしなくなっているんですね。在宅医療という選択肢があることに気が付いてもらうには、どんなものかをまず理解してもらうことから始めなければなりません。隣の家で在宅医療をやっていたとしても、実際に見せてもらうのも簡単なことではないですから、例えば地震体験車を使った在宅医療体験のキャラバン隊なんてどうでしょうかね。住民の需要がなければ、総合診療医の活躍の場もないので、地域のお年寄りだけでなく、若い人たちにも伝わるようなプレゼンテーションを考えているところです。」

医療を享受する側だけではなく、医療を提供する側にも変化が必要だと考えている。

「今後は開業医も在宅診療をしなければ生き残っていけない時代になります。在宅医療を経験したことがない医師も多いですから、宮崎県産の新しい総合診療医を作っていくのが私の役割です。」

在宅医療を広めるには高齢者のケアに携わる看護師・介護福祉士・ケアマネージャー・理学療法士などとの多職種連携が必要である。その中心に医師がなるためには、お互いの顔が見える環境作りが早道だという。

「医師をどんどん使ってください。まずは一緒にケアにあたる面白さや、醍醐味を体験してもらいたいです。連携力が上がれば、少々のことだったら病院に入院させずに、在宅で頑張れます。それが地域住民のクオリティ・オブ・ライフの向上につながるのではと思っています。」

宮崎県の地域医療の現状

「今、県内各地で頑張っていらっしゃる先生方も60歳近いですし、70代80代の先生たちも、あと5年10年もすると引退する可能性が高いので、次世代の医師の育成を急がなければいけません。講座では、宮崎県産の総合診療医の養成と、開業医の先生方にも、その要素を身につけていただけるように積極的に支援したいと思っています。」

宮崎で求められている医師はどういう医師なのか。

「医師の少ない中で、救急も外科も内科も一通りトリアージができて、カメラ検査や病棟もフォローしながら、一人当直ができる。へき地の病院で医師として働くには、広く浅くさまざまな状況に対応しなければなりません。これまで、そういうタイプの医師を育てていませんでした。」

総合診療医としての知識や技術だけではなく、地域で暮らす生活者としての視点も求められる。

「総合診療医として働くためには、おじいちゃん、おばあちゃんの喋る方言をマスターしておくとか、それぞれの地域そのものを知ることが大事です。年中行事も頭に入れた上で処方を出さないと、明日も来てねーと言っても稲刈りの日は忙しくて誰も来ない…なんてことも実際に起きるんですよ。」

医学生・研修医教育

2017年度から始まる新専門医制度では、総合診療が基本領域専門医の一つに位置付けられている。教育・研究・臨床医の育成を担う大学の役割が期待される一方で、大学の外には広域で多様なフィールドが広がっている。地域包括ケアの視点を取り入れた総合診療医の育成のニーズに大学はどう応えるのだろうか。

宮崎大学病院

「総合診療医を目指す人を増やしたいのはもちろんですが、たとえその道を選ばなくても、総合診療の領域に理解のある医師になってくれるだけでも、地域医療の環境は変わります。」

宮崎大学医学部の地域医療・総合診療医学講座では、地域医療を学問として体系的に学び、臨床の現場も1週間ほど体験する。公式のカリキュラム以外でも、自主的なサークルやゼミなどで地域医療に触れる機会を提供し、宮崎大学が指定管理者となった宮崎市立田野病院も、拠点の一つとして、患者へのファーストタッチや訪問診療の経験ができる環境となっている。

「下手をすると、お年寄りと喋ったことがないまま卒業してしまう学生さえいます。現場に連れて行って、患者さんに触れて初めて気持ちが通じるのです。学生時代の真っさらなうちに患者さんや看護師さんたちとの関係づくりを学んでほしいです。」

IPEとは?

医学教育のアイデアマンである吉村医師。多職種が一堂に会する『ごちゃまぜIPE』研修や、実際に在宅医療の患者さんの家に一晩泊めてもらう『お泊まり実習』や『置き去り実習』など、ユニークな取組みを実施してきた。

「お泊まり実習を体験すると、在宅の患者さんの顔を思い浮かべて、この人たちの幸せのために自分は医師になるんだと初心を思い出したり、やる気が出てきます。でも大学の座学や研修に戻ると、すぐにしぼんでしまうものなので、定期的にイベントや実習に参加してもらったり、各地域の病院にお願いする際も、見学やお客さん扱いではなくて、どっぷりと担当を任せて患者さんとの交流を持たせてあげると、成長の度合いがかなり違ってきますよ。」

大学教育での医学生や研修医の医療人養成を軸にしつつ、地域の最前線で活躍している医師とともに、ソーシャルワーカーや理学療法士など多職種を巻き込んだ研修を頻繁に開催して連携力を向上させる、その旗振り役を担う。看護や福祉系の養成校(大学や専門学校を含む)にも足を運んで参加者を募っている。学生時代からお互いの顔を知ることで、将来の連携力の強化も期待できる。

「外国から来た指導医の先生に「日本の医学教育は学生に何もやらせないのか」と言われたことへの反動や、岐阜の地域医療センター時代に医学生や研修医が次から次へと送り込まれてくる中で、短い期間で実のある実習をこなそうと編み出してきたもので、いまだに試行錯誤を続けています。学年は関係なく、医学教育の早い段階から現場に連れて行って、少しでも役割と責任を与えて、実際に手を動かしてもらうと、地域医療に興味のない学生も、明らかに意識が変わっていくんです。手を変え、品を変え、実験的にやっていたものが今の形で、それが噂を呼んで、学生たちも「きたきた、むちゃぶり」と面白がってくれるようになりました。」

吉村先生5

海外事情はどうなっているのだろうか?

「総合診療・家庭医学の分野で一番歴史があるのはイギリスなのですが、教育カリキュラムや仕組みが整っているのはアメリカですね。また、オーストラリアでは、総合診療・家庭医学出身の教授が学長になっている医学校が約半数。イギリスやオーストラリアやカナダでは、医学校を卒業する学生の50%が、総合診療医や家庭医の道へ進みます。アメリカで20%、日本はたった0.5%~1%です。」

地域医療が体験できる仕組みづくりのために、大学のカリキュラムや臨床研修プログラムにも手を加えようと奔走している。

「大学で部活ばっかりやっている学生の中に、地域医療の星がいる可能性があると思っています。部費を稼ぐために、早朝から乳搾りや大根引きのアルバイトをしている学生たちに地域医療を体験してもらうことで、化学反応が起きないかなと。農家さんに協力してもらって、前日からお泊まりして、健康診断をさせてもらうなど、宮崎だからこそ突拍子もない企画ができるかなと思っています。」

地域全体で医師を育てるには、住民の理解と協力が不可欠。

「医学生や研修医を一人前に育てるには、指導医やスタッフの力だけでなく、患者さんの協力も必要です。採血や問診などに協力してくれれば、早く頼りになる医師が生まれると理解してもらいたいんです。」

地域医療の魅力とは?

「蚊に刺されて熱が出たというお子さん。100歳まで生きたいという目標を持っているおばあちゃん。そこには生活者それぞれの温かい愛にあふれた物語があります。看取りで死の間際の1週間をともに過ごせば、僕も家族の一員になったような気持ちになります。」

今後、宮崎から多くの総合診療医を輩出することを目標に、後期研修での総合診療医養成プログラムが宮崎県で始まった。

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「総合診療医や家庭医を、医師のキャリアとして『楽しい』とか『この道でいいんだ』と思える流れに変えていきたいんです。次世代の地域で頑張っている先生たちが、ポジティブにどっぷり地域医療に入っていけるように、いろんな資格を取れたり、海外に学びに行けるような仕組みも必要です。できるだけネットワークを広げて海外に行けるようにするのと、併せて海外から宮崎に学びにきてもらうことも積極的にやっていきます。」

吉村医師の挑戦は今始まった。

「医師と多職種のスタッフの皆さん、そして地域住民の皆さんと一緒になって、ごちゃまぜコラボレーションで医師を育てていきましょう。」

最後に先生にとっての医療とは?

人生のお手伝い 宮崎大学医学部地域医療。総合診療医学講座 教授 吉村 学氏

宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療薬務課)
〒880-8501 宮崎県宮崎市橘通東二丁目10番1号 TEL 0985-26-7451
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