医師のキャリアは、大きくは基礎系の解剖や生理学等の研究医、医療施設で働く臨床医、そして地方自治体や国で働く行政医という存在に分かれます。近年、地域医療がクローズアップされ、研修制度も医療制度も見直しが図られてきていますが、公衆衛生分野を究める行政医も、地域包括医療の中心として大きな存在となってきています。
宮崎県福祉保健部
日南保健所所長(現・延岡保健所長)
瀧口 俊一 氏
保健所は、公衆衛生の第一線の行政組織として、個人の健康だけではなく、地域住民全体の健康マネジメントのレベルアップを図る役割を担っています。一人の医師でカバーできる範囲には限りがあります。公衆衛生分野は、その幅広い領域において、専門的知見で多くの人々を救うことができる高度でやりがいのある仕事です。
公衆衛生ドクターに訊く!
―― 公衆衛生の分野に興味を持ったきっかけは?
私は自治医科大学出身ですので、もともと地域医療への強い想いがあり、夏休みや冬休みになると、自主サークル活動で、当時、地域包括医療の先駆けであった佐久総合病院(長野県)や、ゆきぐに大和病院(新潟県)に見学に行き、保健師さんたちと家庭訪問をしたり、乳幼児健診のお手伝いを体験しました。それがこの仕事の魅力とやり甲斐を感じた最初です。
地元の人と直に接することで、臨床も大事だけれど、地域住民を巻き込んだ予防活動というのがこれからの社会には必要不可欠になる、と実感しました。それから興味と関心が湧いて、公衆衛生教室にも顔を出すようになったというのがきっかけです。
卒業後9年間の義務年限は公的医療機関で働き、そのうちの半分はへき地の病院で患者さんを診る予定だったのですが、初めの2年間、県立宮崎病院で臨床の勉強をして、いよいよ地域医療に臨む際に、いずれ公衆衛生の分野で働きたいという意思を示したところ、行政医師は常に不足していることもあり、そのまま行政医になることに決まりました。珍しがられましたが、お互いに「渡りに船」だったのかもしれません。週2回は産科の医師として県立病院に勤務しつつ、徐々に公衆衛生の道へと入っていき、今に至るというところです。
―― 保健所の役割とは?
ここには3つの課があって、総務企画課と健康づくり課と衛生環境課があります。保健所の業務を一言でいうと、「揺り籠から墓場まで」という言葉がありますが、不妊治療とか母子保健も含めれば、揺り籠の前からですね。人が生まれる前から死んだ後まで、人生を通した健康のすべてに関わっているのが保健所です。
男女の性の問題も取り扱います。宮崎県は人工死産率がワーストという現状で、30代でも中絶が遅くなる場合も多く、これを解決したい。いろいろと調査する中で、若い世代は教育課題でもあり、医療機関に掛かるには心理的な敷居の高さもあるのですが、保健所で相談を受け入れて、体と心のケアを、妊娠・出産に関しては、女性主導になるような社会をつくっていかなければならないと考えています。
高齢者医療では、緩和ケアにも力を入れているところです。病院にしろ在宅にしろ最後まで人間らしく、亡くなるときに悔いなく良かったなと思える人生であったらいいなと思います。
近年では健康危機管理、新型インフルエンザなどの感染症対策が対人サービスの最も大きな分野です。対物サービスとなると食品衛生の許認可や食中毒への対応、狂犬病の予防注射は、今は市町村に移管していますが、もともとは保健所の仕事だったんですよ。
地域医療に携わる中で、公立病院や民間病院との関係性を構築するもの保健所の役割のひとつです。医師不足を補うために予防医療や負荷の分散、毎年1回は医療機関に立ち入り調査して、医師体制の確認や院内感染の防止などを指導し、住民に対して医療の質を担保するのも仕事のひとつです。
―― 仕事のやりがいや面白さを教えてください。
私のライフワークとして、ここ10年ぐらい力を入れているのが虫歯予防です。フッ化物洗口という予防法があるのですが、保育園・幼稚園から小学校、中学校あたりまで導入を推進しています。
各学校の先生の指導で週1回、たった1分間ぶくぶくうがいをするだけで、ほぼ虫歯が予防できるんです。掛かるコストも年間一人あたり300円から500円ぐらいで、非常に簡単で費用対効果の高い施策です。虫歯になってしまってからの治療代(月4~5,000円)の医療費も半減できますし、また、歯の痛みや治療のストレスがないので、学力や運動面へのプラスもあり、いいこと尽くめです。
10年前に高鍋保健所に勤務した時から始めて、川南町・木城町・西米良村で導入、最初は教育委員会に話を持って行ったのですが、けんもほろろに断られ、現場の先生からも「各家庭でやればいいでしょ?」と、どうも腰が重くて、なかなか受け入れてもらえませんでした。
それがいまや宮崎市内すべての小中学校で虫歯予防を実践しています。3年間かかりましたが、やはり学校というチャンネルでやるのが最も効果的だという信念があったんです。地域住民や学校、薬剤師会や歯科医師会と連携するには、旗振り役が必要です。反対する人もいましたが、手上げ方式でやりたい人を増やしていって、みんなを巻き込んで、実際に結果を出す。これが行政医の仕事の面白さですね。
実は宮崎県は子どもの虫歯が非常に多くて、串間市は今、県内ワースト1位なのですが、昨年からスタートしていますので、数年後には、逆にベストランキングにに躍り出ると思いますよ!
―― 今後、行政医へのキャリアを目指す医師へのメッセージ
虫歯予防については、ほんの数年で目に見える効果が表れています。一つの施策が多くの人々に影響を与える。目の前の人をいかに助けるかというのが臨床医の仕事で頑張って何万人かを救えるとするなら、県庁で行政医として政策をつくれば、県民百十数万人を救える可能性が生まれる、あるいは厚生労働省で働けば、1億数千万人の国民の健康に影響を与える事業を展開することもできます。
政策や事業を自分で企画立案して、ダイナミックに社会に参加できるというのが醍醐味です。患者を待つ受け身の姿勢ではなく、自ら地域に入っていって調査し、問題点を見つけて、地域診断をし、政策という治療法を考案する。そして、その効果を見る。そのPDCAサイクルを回すには数年、場合によっては自分が生きている間に見ることはできないぐらい長く掛かるものもあるかもしれませんが、その影響力は絶大で、感染症の根絶やがん予防など歴史的な大仕事をする可能性だってあります。
公衆衛生は、医師の仕事だけではありません。多様な職種と関わったり、いろいろな住民の方々と分け隔てなく話の出来る人が向いていますね。あとは保健所は勤務しやすいので、女性医師にも優しい環境だと思いますよ。
公衆衛生医師に求められる資質
医師の素養
患者側に立ち、住民に寄り添う医師としての感覚がすべての基本となります。地域の健康課題に対する問題意識と解決へ向けた取り組み、災害対策やパンデミックの防止など、緊急事態に対する準備や心構えも必要です。
公衆衛生の知識と技術
地域の健康課題に際しては、関係各所に実情を明らかにするため疫学的データを収集・解析したり、予防の観点での新しい知識や健康管理技術の開発能力など、視野の広さと知見の深さが求められます。
行政の知識とコミュニケーション力
保健所には様々な事情や用件の住民が訪れます。専門機関と協力体制を確立、医療資材の調達や、現場での陣頭指揮も担うため、仲間づくりと、人と人とを繋ぐ行政マンとしての能力も身につけるべき要素です。
公衆衛生医師のキャリアパス
給与
「職員の給与に関する条例」に基づき支給されます。
なお、経験年数に応じた給与のモデルケースは下記のとおりです。
採用時 | 約1,000万円/年 |
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採用後10年目 | 約1,250万円/年 |
採用後15年目 | 約1,500万円/年 |
- ※上記は、医大(6年)卒業後、2年間の臨床研修を経て採用された場合のモデル給与であり、地域手当、初任給調整手当、管理職手当及び期末・勤勉手当を含みます。
(支給率等は平成26年4月1日現在であり、期末・勤勉手当は期間率による減額がない場合) - ※上記の他、扶養手当、住居手当及び通勤手当等の諸手当が条例に基づき支給されます。
- ※給与改定等により、上記の額は増減することがあります。
- ※採用後15年目の額は、保健所長になった場合で試算した額です。
自治体ごとに行われる研修
現任研修 | 採用後のキャリアに応じて必要な知識や技術を学ぶ |
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業務研修 | 保健所等の現場で求められる様々な知識や技術を身に付ける |
その他の研修 (宮崎県の場合) |
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専門研修体制
専門の研究所やセンター等で専門的な研修を受ける制度があり、疫学の知識やメンタルヘルス対策に関する技術などを習得します。
国立保健医療科学院での研修 | 公衆衛生行事等について所定の研修を受け、保健所長の資格を得る |
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国立感染症研究所での研修 | 感染症を疫学的に分析する理論・方法、感染症対策の専門知識を身につける |
結核研究所 | 結核の医療・保険制度、胸部X線写真の読影法などを学ぶ |
国立精神神経センター | 精神疾患、災害後のPTSD等についての研修を受ける |
※すべての医師が、すべての研修を受けるわけではありません。
保健所の役割
行政機関の保健所は、管内の市町村と協力して、医療施設・医師会・歯科医師会等と、食品衛生や感染症等の広域的業務、医事・薬事衛生や精神・難病対策等の専門的な業務を行うとともに、大規模な感染症や食中毒の他、自然災害や原因不明の疾病対策など、地域住民の健康危機管理を担っています。
健康危機管理マネジメント
生命・健康を脅かす事例に対して、初動機関としての役割
- 新型インフルエンザをはじめとする感染症の拡大防止の対応
- 災害時の地域の物的・人的ネットワークの構築
- 食品の安全の確保
医療制度改革への期待
地域の医療行政と実情に精通し、国の医療制度改革を牽引する役割
- 医療機関の連携、機能分担のコーディネート → 医療供給体制の整備
- 医療安全(院内感染対策等)
- 生活習慣病対策に関する市町村への支援
宮崎県の保健所
施設名 | 所在地・連絡先・管轄 |
1. 中央保健所 | 〒880-0032 宮崎市霧島1-1-2 電話:(0985)28-2111 FAX:(0985)23-9613 管轄区域:宮崎市、東諸県郡 |
2. 日南保健所 | 〒889-2536 日南市吾田西1-5-10 電話:(0987)23-3141 FAX:(0987)23-3014 管轄区域:日南市、串間市 |
3. 都城保健所 | 〒885-0012 都城市上川東3-14-3 電話:(0986)23-4504 FAX:(0986)23-0551 管轄区域:都城市、北諸県郡 |
4. 小林保健所 | 〒886-0003 小林市大字堤字金鳥居3020-13 電話:(0984)23-3118 FAX:(0984)23-3119 管轄区域:小林市、えびの市、西諸県郡 |
5. 高鍋保健所 | 〒884-0004 児湯郡高鍋町大字蚊口浦5120-1 電話:(0983)22-1330 FAX:(0983)23-5139 管轄区域:西都市、児湯郡 |
6. 日向保健所 | 〒883-0041 日向市北町2-16 電話:(0982)52-5101 FAX:(0982)52-5104 管轄区域:日向市、東臼杵郡 |
7. 延岡保健所 | 〒882-0803 延岡市大貫町1-2840 電話:(0982)33-5373 FAX:(0982)33-5375 管轄区域:延岡市 |
8. 高千穂保健所 | 〒882-1101 西臼杵郡高千穂町大字三田井1086-1 電話:(0982)72-2168 FAX:(0982)72-4786 管轄区域:西臼杵郡 |