PROFILE
宮崎大学医学部 内科学講座 循環器・腎臓内科学分野 教授
宮崎大学医学部附属病院 副病院長・臨床研究支援センター長
海北幸一(かいきた こういち)
1991年、熊本大学医学部卒業後、熊本大学医学部附属病院循環器内科に入局。1999年にアメリカのバンダービルト大学メディカルセンター心血管部門にリサーチフェローとして留学。2002年より熊本大学医学部病理学第二講座(後に細胞病理学講座に改変)助教として帰国。2004年からは、熊本大学医学部附属病院循環器内科で、臨床、研究、教育に尽力する。熊本大学大学院生命科学研究部循環器内科学准教授などを経て、2021年から現職。
【専門分野】日本内科学会認定内科医、日本内科学会総合内科専門医、日本内科学会内科指導医、日本循環器学会循環器専門医、植え込み型除細動器/ペーシングによる心不全治療施設認定医、身体障害者福祉法第15条指定医、難病指定医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本経カテーテル心臓弁治療学会TAVR実施医、日本血栓止血学会認定医
中学時代から大学時代まで野球に熱中していたという海北教授。野球部の先輩に誘われて入った循環器内科ではあったが、現在までつながるモチベーションはどこにあったのだろうか?
「循環器は、内科と外科の中間の領域という印象でしたので、仕事として長く興味が持ち続けられそうだと感じたのと、初期研修で救急医療を経験して、心筋梗塞で息も絶え絶えだった患者さんが元気に退院していく姿を見て、仕事にやりがいと自信が持てるかなと思いました。」
医師となった1990年代前半は、循環器の領域にダイナミックな変化が起きている時代だった。
「本邦でも、1990年代から本格的に冠動脈内ステントを用いた冠動脈インターベンション治療が広まり、外科手術は体力的に耐えられない高齢の患者さんに低侵襲治療として施行されるようになりました。また、頻脈性不整脈に対するアブレーション治療が全国に拡大した時期でもあります。近年では心臓弁膜症もカテーテルで治療が出来るようになったので、この30年間でかなりの進歩を遂げました。」
熊本大学医学部附属病院で臨床と研究のキャリアを順調に積み重ねつつ、大学院の病理学講座で、冠動脈硬化、急性心筋梗塞の病因や病態の基礎研究も進めていた。さらなる研究を究めるために、米国への留学を決めた。
「1980年代ぐらいまでは急性心筋梗塞は心臓の血管(冠動脈)が動脈硬化で徐々に狭くなり、最終的に詰まると考えられていました。しかし、1990年前後に、軽度~中程度ぐらいまで狭くなったところで血管壁の硬化プラークが破綻し、そこに血栓が形成されるというメカニズムであることが分かりました。不安定狭心症、急性心筋梗塞、虚血性心臓突然死を引き起こすこれらの病態は、1992年に総称として急性冠症候群という呼び方になりました。大学院生の頃は循環器内科および病理学第二講座で急性冠症候群の発症メカニズムについて研究していました。私が米国留学している間に、大学院生の頃お世話になっていた循環器内科(小川久雄先生)と病理学第二講座(竹屋元裕先生)の恩師の先生がお二人とも教授になられたので、帰国後も、留学して学んできたことを両方の講座で展開し、後輩たちに指導、継承することができました。」
熊本県の循環器医療体制は全国的にも進んでおり、海北氏が学んだ熊本大学医学部附属病院以外にも、済生会熊本病院や熊本赤十字病院、国立病院機構熊本医療センターなど、日本でも有数のハートセンターが複数あり、しのぎを削っている。
「宮崎に赴任するにあたり、大学病院の状況はある程度想定していましたが、量と質の底上げが必要であるというのが率直な印象でした。熊本大学の先輩である柴田剛徳先生が主導されている宮崎市郡医師会病院の心臓病センターは全国的にも有名でしたので、これから大学病院が地域医療に貢献し、診療、教育、研究的にも全国レベルの施設になるように改革していく必要性を感じました。」
就任後の臨床実績として、虚血性心疾患に対する冠動脈治療、および頻脈性不整脈に対するカテーテルアブレーション治療も共に年間200件を超え、今年度の循環器内科入院患者は1000人を超える概算となっている。
「循環器内科は臨床の教室ですので、症例から学び、症例数を重ねないと成長しません。まずは、救急患者や入院を積極的に受け入れて、症例数を増やし、高難度医療を導入することから始めました。ただ、2024年度からはいよいよ働き方改革も始まりますので、大学病院の責務である診療、教育、研究を共に推進していくためには、組織の人員を増やす必要があります。やはり医学生や研修医の先生方も各診療科の雰囲気や診療体制の充実度をよく見ていると思います。当科に入局すれば満足のいく研修ができることを見せるためにも、まずは確固たる実績を作ることが重要でした。臨床実績の向上とともに、今年度は、循環器・腎臓分野を合わせて、10人が入局してくれましたし、来年度も5人が入局予定です。最近は他の内科学講座でも入局者数が増えています。」
宮崎県の地域枠の取組も少しずつ実を結び始めている。
「宮崎県は、他の県と比較し、各診療科の中で内科医が少ないので、内科医の数を増やすことが、宮崎全体の診療体制を立て直すことにつながると考えています。近年、宮崎県で働く前提で医学部に入っていただけるキャリア形成プログラム、いわゆる地域枠の医学部生の定員が増えていることが当大学医学部の大きな取り組みとなっています。初期臨床研修は必ずしも大学病院でなくても構わないと思っていますが、初期研修医が2年間の研修を経て専攻医になる際に、宮崎大学の医局を後ろ盾として考えてくれれば、大変嬉しく思います。」
救命救急センターの設立から10年が経過し、急性期の患者の受け入れも増えている。2021年から、宮崎市郡医師会病院に続いて導入したのが心電図伝送システムだ。
「119番通報を受けた救急隊が、患者さんの胸が痛いという主訴を聞いたら、救急車の中で心電図を取ります。その心電図を、連絡を受けた循環器当直医がリアルタイムでチェックできるので、心筋梗塞だと診断すれば、オンコールの専門医やカテーテル検査をする技師さんに連絡して、救急車が病院に到着後速やかに緊急検査や緊急冠動脈造影検査に入れます。加えて、当科専用の、救急隊と直接電話でつながるハートコールも地域の患者さんを救う取り組みの一つですね。」
また、宮崎大学医学部では、循環動態生理学分野の渡邉望教授をチーフとして宮崎健康キャラバン隊を発足して、一次予防に特化した取り組みを始めている。
「宮崎県民は、健康寿命は長いのですが、心疾患や脳血管疾患の循環器系の死亡率が高いです。その原因の一つとして、全国平均に比べて喫煙者やメタボリック症候群の割合が高く塩分の過剰摂取や1日の平均歩数が少ないといったデータもあります。以上より、宮崎県では、循環器病を発症する予備軍の割合が高く、ひとたび循環器病を発症すると死亡率も高くなることが考えられます。これらの結果から考察すると(あくまでも私見ではありますが)、宮崎県が男女ともに健康寿命が高いというデータは、ただ単に病状が悪くなるまで病院を受診(初診)しないことの裏返しではないかと危惧されます。特定健診受診率は全国平均56.5%に対して、宮崎県は51.5%、宮崎市に限れば28.1%です。(令和3年度特定健診受診率参照)。特定健診の受診や、自覚すべき初期症状の啓発が足りていないのだと思いました。人口約40万の宮崎市民のデータが改善すれば、宮崎県全体のデータも変わると考え、循環器病になる前にできることがあるということで、キャラバン隊のミッションが決まったのです。」
専門領域である循環器疾患における抗血栓療法の研究では、大規模臨床研究の研究グループの成果が「New England Journal of Medicine」や「Circulation: Cardiovascular Interventions」等の専門誌に掲載されており、その成果も宮崎県の地域医療へフィードバックされている。
「循環器の抗血栓療法で血をさらさらにするお薬を飲むと、脳出血や消化管出血が増加することが分かってきましたので、血液の流れをモニタリングする機械を導入しました。循環器はどうしても急性期に着目しがちですが、急性期治療後に適切な薬物療法や心臓リハビリテーション等により身体機能を維持することで、死亡率を下げることができるのです。」
心臓リハビリテーション等による慢性期心不全管理の重要性を周知しようと、2023年9月に多職種からなる心不全療養指導士の会を開催した。また、心不全領域における専門・認定看護師や心不全療養指導士、心臓リハビリテーション指導士の育成にも力を入れている、今後は、心不全の治療後のアフターケア、重症心不全におけるペースメーカー治療や補助人工心臓の管理体制の整備にも注力したいと語る。
現在の宮崎大学循環器内科は、カテーテルによる低侵襲治療、ペースメーカーによるデバイス治療に加えて、非侵襲検査や、心臓リハビリテーションや薬物治療による慢性期心不全管理の診療領域も充実してきたため、女性医師も働きやすい環境になりました。
大学病院の責務である臨床、教育、研究も最先端の知見を体感できると思いますし、医局員の人数も増えて、勢いのある教室ですので、経歴や性別、出身地を問わず、ぜひ多くの医師に入局してもらいたいですね。