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佐藤 圭創氏・岩谷 健志氏

プロフィール

縁・在宅クリニック 院長
岩谷 健志(いわたに けんし)

延岡市島浦町出身。延岡高等学校卒業。2012年、島根大学医学部卒業後、県立宮崎病院で初期研修。後期研修で熊本赤十字病院救急科の専攻医となり、2017年に県立宮崎病院の救命救急科にて勤務。2020年には離島へき地プログラム「Rural Generalist Program Japan」に参加し、長崎県上五島病院で総合診療、在宅医療、海外地域医療を学ぶ。翌年、故郷に戻り、延岡県立病院救命救急科に勤務。2022年、縁(えん)・在宅クリニックを開院。

延岡市医師会病院 呼吸器・感染症(非常勤)
佐藤 圭創(さとう けいぞう)

高千穂町出身。1987年、熊本大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。第一内科助手、薬学部薬物治療学の准教授を経て、2009年から2020年まで九州保健福祉大学薬学部で学生教育に従事。2013年には、延岡市民に健康に関する活動の支援事業を行うNPO法人「のべおか健寿ささえ愛隊」を設立。現在は宮崎県新型コロナ対策調整本部の搬送コーディネーターとして、県北部の3保健所を統括し、新型コロナ患者の入院調整や振分けのプロトコルを決定している宮崎県北部の地域医療のキーマン。

【専門分野】日本内科学会、日本呼吸器学会、日本感染症学会

在宅医と専門医がつながるシステムが地域医療の課題解決の一つとなるかもしれない。長年、県北エリアを地域医療のフィールドとしてきた延岡市医師会病院の佐藤医師と、新たに延岡市内に在宅クリニックを開業した岩谷医師。
それぞれの立場で地域医療を支える二人に話を聞いた。

地域医療との出会い

僕自身が島出身というバックグラウンドもあって、コンプレックスがばねになったと思います。小さい頃からへき地で育ってきて、父が倒れたり、家族や身内が病気になったりした時に「自分が医師になって、島を守るんだ」ぐらいの意気込みで、医師を目指しました。

最初は、一人で何でも診られるようになることが、理想のドクター像でした。目の前で人が倒れた時に救える、次に繋げられるように死なさない、というのを目指して救命救急を学び始めました。

熊本赤十字病院は、海外の紛争地に医師を派遣していて、必要とされる医療が日本とは全く別ものでしたし、戦乱のアフガニスタンでお亡くなりになった中村哲先生の「地域に行ったら百の診療所より一つの井戸が必要だ」という言葉を知って、医療には決まった正解はないのかなと、ぼんやりとですが考えていました。

救急医として働きながら、島浦に帰るための準備として、3年に1回ぐらいのペースでへき地に赴くことを自分の流儀としていました。離島の診療所に自分一人で行って何ができるだろうか、自分が救急医として今まで積んできた経験をどう生かせるだろうかと、自分を試しているうちに、それぞれの地域に必要な医療があって、住民の求めていることも違えば、医師の役割も変わってくるということを、身をもって感じました。

その一方で、システムとしての地域医療の仕組みや枠組みを学ぶようになって、さらに奥深さに気づいてきました。果たして僕が島に戻るだけで地域は幸せなのか?僕がいなくなった後はどうなるのか?学びや経験を深めれば深めるほど、分からなくなってきて、それでも今続けているのは、やはり地域医療が面白いからだと思います。

地域医療の面白さ

離島医療って、聴診器を首から下げて、黒い箱型の鞄を持って、自転車で移動というイメージがありますよね(笑)。初めて行った島根県の隠岐島では、意気込んで病院に泊まり込んで、島の人の診療をさせていただいたのですが、オリエンテーションで最初に島の医師に言われた言葉がずっと心に残っています。

「難しいことは考えなくていいけど、約束がひとつだけあるよ。『それは僕の専門ではありません』っていう言葉は絶対患者に言うな。お前は一人の医者としてここにいるんだから、住民はお前に専門医療じゃなくて医者としての役割を求めているんだよ。」

医師としての役割とは、といまだに時々考えることがあります。

長崎県の上五島病院では、18科の診療科があって、例えば、お産、外科手術、心筋梗塞のカテーテル治療など、2次救急まで完結させるだけの専門的な施設・設備がありました。ここも離島なので、島外の病院にヘリで搬送するには1時間以上かかってしまいます。それでは間に合わないから、ここで処置をしようという体制にしているのですが、地域住民もそれを理解しているから、その場の医師に手術や治療を委ねてくれるんです。凄くプレッシャーではありますが、だからこそ期待に応えないと、と今まで味わったことのないやりがいも感じました。

同じ地域医療といっても、場所や環境、医療資源によって、これだけの違いがあります。専門科につなぐのが地域の救急医の役割と思っていた自分の考えが根幹から変わった体験でした。

在宅医療の可能性

地域を存続させるために必要な医療という視点で考えて、島に診療所を開設するのではなく、在宅医療クリニックの開業の方に可能性を見出したのは、継続性や仕組みづくりを意識するようになってからです。

例えば、僕が島に戻って、医師として働ける30年間ぐらいは大丈夫と思います。ただ、僕がいなくなった後、次に来る人がいるのかとか、医師を派遣してくれていた拠点病院に人が足りなくなって引き上げざるをえないとか、それまで在ったものが無くなって、トラブルや問題になっている地域は日本全国にあります。

県北地域は、地域医療の危機を乗り越えてきたので、県立延岡病院や延岡市医師会の先生方をはじめ、医療機関同士の仲間意識や繋がりが強いと感じます。地域のみんなで医療を守ろうという意識が自治体や住民にも浸透していて、僕もこの年齢での開業は若いと思うのですが、踏み切れたきっかけは、地域全体のバックアップがあるからです。

全ての人にとって百パーセント在宅医療が正しいとは思っていないのですが、在宅医療という選択肢があることで救われる方が一定数いると信じています。延岡でどういう地域医療がフィットするのか、まだ答えは見つかっていないのですが、他の地域と比べて、在宅医療という選択肢が少ないと感じたので、自分がパズルのピースとして、旗振り役になりたいと思いました。後に続いてくれる方がいれば嬉しいですし、在宅医療をやっていく中で新たなニーズも生まれてくるはずです。

生まれ育ったところで人生の最期を迎えたいという人は、10年先でも50年先であっても居なくなることはないと思います。そこで暮らし続けることをサポートする仕組みとして、在宅医療という文化が根付いていけば、地域自体を存続させることができるポイントになるのではと考えています。

人生の最期をともに

在宅医療と切り離せないのが、看取りの問題です。島浦の祖父が亡くなったときから、ずっと心の中にありました。医師になって3年目、救急医療を学んで、少し自信が付いてきたぐらいの頃の話です。

祖父は末期がんと分かり、緩和ケア病棟に入院しました。漁師として80年間、船に乗っていた人だったので、昔から最後は島で死にたいと言っていました。家族としてもその思いを叶えてあげたかったのですが、島には医師もいないし、看護師もいないので無理だよねと諦めていました。

死期が近づいてくるのが、僕も見ててわかっていて、もう明日か明後日かという時に、どうにかして家族みんなで島に連れて帰ろうとしたんですけど、病院の許可が出ずに断念しました。

自分自身が医師なのに、それでも駄目なのかと、ものすごく悔しかったのですが、せめて外出の許可をと、介護タクシーで島が向いに見える港までは連れて行くことができたんです。そうしたら、祖父がめちゃくちゃ喜んでくれて、もう脱水状態で体はカラカラのはずなのに、涙を流しているんです。

ちょうど春の季節で、桜並木がすごくきれいだったのを覚えています。緩和ケア病棟に帰った翌日、家族の前で最期を迎えたんですよね。

ああ、こういう家族全員が満足できる亡くなり方もあるのだと、恥ずかしながら医師になって初めて知りました。救急医として慌ただしい現場に慣れていたので、この看取りの穏やかさに衝撃を受けました。

その後、長崎の離島医療を経験し、島で死にたいという人を「そうだよね、じゃあ家で最期を迎えよう」と言って連れて帰っていたのを間近に見て、二重の衝撃でした。医療資源が少ないのは同じですが、医療スタッフが頑張って、生まれた家でみんなが満足する形で看取るのを何度も経験してきました。自分の祖父と同じような境遇の家族がいたら、島で看取りますよ、家で看取りましょうよ、と言える地域にしたいなという思いが今に繋がっています。

先週、島浦で看取りました。末期癌の患者さんで本人は「島で死にたい」と希望していましたが、家族は当初「島じゃ無理だからもしものときは入院させてください」と言っていて。それでも最期は看護師さんと在宅用の酸素を島に持って行き、医療麻薬で痛みを抑え、親族みんなに見守られながら穏やかに島で看取ることができました。

看取りは、長生きさせるだけではなくて、患者さん本人含めて、みんながどれだけ納得できるかだと思います。患者さんの人生の中で医療者が関われる時間はたかが知れています。病院では、患者さんのカルテや検査結果を見て予後が良いとか悪いとか、患者さんのことを全部知った気でいましたが、ご自宅に伺うと、若い頃の写真や賞状、家族写真もたくさんあるし、生きてきた時間や歴史を感じます。

今は、医療だけで百点満点を目指すのではなく、その方の人生の中で医療に何ができるかを考えるようになって、少し気持ちが楽になりました。人生の最後に自分がどれだけ花を添えられるかとか、人生のあり方を邪魔せずにいられるかと考えると、在宅医療はすごく楽しいものになります。本当のやりがいを感じられるようになりました。

僕が延岡で地域医療をしているのは、一言でいうと縁ですよね。それをクリニックの名前にしました。まだ微力ですが、この土地に生まれてこの土地のために働けることは、やりがいそのものです。

医師は専門性にスポットライトが当たりがちですが、自分がなんの専門家ですかと問われた時に「延岡が専門です」と言えるようになりたいです。延岡専門医とか、もっと小規模でも良いですね、島浦専門医とか、そういう存在になりたいです。

地域医療のシステムを構築する

地域医療が医療の原点だと考えている医師は多いと思います。でも、なにかハードルが高いと思われているみたいです。私が地域医療に携わり始めたのは、空いた時間のボランティア活動で、健康長寿のボランティアをしていたら、他のボランティア団体から、「うちにも来て話してくださいよ」と声がかかるようになりました。健康面談やミニ講演で話をするうちに、その地域の医療ニーズがだんだんと分かってきます。全然ハードルは高くないです。

もちろん地域住民の協力が必要です。間違ってもいいので、方言でじいちゃん、ばあちゃんと会話をするとか、地域の中心人物と交流を深めたりすると、いろんなことを教えてくれるんですよ。どこの誰がどういう状況か全部把握してる。地域医療は社会の縮図なので、自然にコミュニケーション能力が高くなりますね。

岩谷先生は地元で、ご祖父母様が住まれていた空き家をクリニックに改装してはじめられているので、大きなアドバンデージだと思いますが、一人で全部は無理ですので、第二、第三、第四の岩谷先生が出てくることによって、相互にバックアップシステムとして機能するようになります。

百パーセント在宅でなくても、すでに開業している先生方が、在宅の日を決めて回ることでも実現できますし、産科に特化するなどの役割分担だって可能です。在宅医療のネットワークを作ることで、恒久的に続けられる仕組みができるんです。これはある意味で最先端の医療だと思います。

延岡市は、人口10万人とちょうど良い規模です。ドクター同士の直接コミュニケーションも密で、大きな延岡市病院というイメージです。

県立延岡病院や延岡市医師会病院が2次医療機関として機能できるよう、それぞれの専門クリニックをうまく回して、その間を岩谷先生たちの在宅医療が埋めていく、今医師会が考えているのは、そのバトンタッチのシステムです。

岩谷先生たちが働きやすくなれば、もっと在宅医療に取り組みたい人が増えると思います。在宅医から延岡市医師会の会員医師につなぐだけでなく、医師会側も地域医療関連を担当しているメンバーを中心に、在宅医療に挑戦しようという話も出てきています。現場に出ないとわからないこともあるので、地域で足りない医療はどこかを考えながら、今立ち上がったばかりの在宅医療をサポートしながら、抜けている部分を補完していく。現場から私たちにどんどん発信してほしい。

延岡市だけの問題にせず、もっとオリジナリティがある形にして、世の中に提示するのも良いと思っています。自治体からの支援も必要ですが、臨床研究のプロジェクトなど大学も教育のテーマにしやすいので、医学官が共同で取組むことも出来そうです。そのためのシステムとマニュアルを立ち上げて、宮崎県のモデルプランとして広げていくのが、私たちの責務ですね。

今、僕が若いドクターや、医師を目指す中高生に伝えたいのは、地域医療が医療の原点であり、最先端だってことですね。

岩谷先生のように仕事としてどっぷり取り組む方法もありますが、気軽にボランティアで働いたり、健康講座を開催したり、自分の興味や特性を生かしつつ、地域医療に参画する方法はいくらでもあります。

ハードルを高く考えずに、フィールドに出て少し経験するだけでも、魅力が分かるのが地域医療です。僕は40歳を越えてから気が付いたので、もっと若い時から入っておけばよかったなと思います。

地域医療は、現場に全てがある。患者さんの背景を含めて医療です。地域医療の最前線は、ものすごく勉強になるので、ぜひ若いうちにトライしてほしいと思います。

縁・在宅クリニック

縁・在宅クリニック

所在地:〒882-0041 延岡市北小路12-5
電話:0982-20-28220982-20-2822
FAX::0982-20-2821
URL:https://www.en-zaitaku.com/

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