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盛武 浩 氏

プロフィール

もりたけ ひろし

宮崎西高校出身。1993年に宮崎医科大学卒業後、小児科医として、県立宮崎病院、都農町国民健康保険病院、済生会日向病院、九州がんセンターに勤務。宮崎医科大学大学院、アメリカ留学での小児がんの研究を経て、2007年に宮崎大学医学部小児科講師に就任。2017年同科教授。

  • 1993年 宮崎医科大学医学部卒業
  • 2001年 宮崎医科大学大学院医学研究科博士課程修了
  • 2004年 米セント・ジュード小児研究病院
  • 2007年 宮崎大学医学部小児科講師
  • 2011年 同准教授
  • 2017年 同教授

医療の道に進んだきっかけは何ですか?

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小学校時代にけがをしたのがきっかけでした。やんちゃだったので、公園での追いかけっこで滑り台から飛び降りて、大けがをしてしまいました。骨折はしていなかったのですが、右足が腫れて動かなくなってしまって。今なら内出血の血腫が固まって、前脛骨神経の圧迫によるまひだと分かりますが、子どもですからね、ああもうダメだ、僕の右足は動かなくなった…とショックでした。

近くの病院で手術することになり、血腫を除去したら、直後から足が動くようになって、お医者さんってすごいんだという気持ちを抱くようになりました。

現在の分野を定めたターニングポイント

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小児医療と、その中でも血液腫瘍を専門とすることになったのは、私が生まれる前の話ですが、いとこが小児白血病で亡くなったことと、小学校時代の同級生が高校生になって骨肉腫を発症し亡くなった経験からですね。特に白血病は、小児がんの中では一番割合が高く、血液のがんと言われています。子どもたちのために何かできれば…という思いでした。

宮崎医科大学卒業後は、小児科に入局したのですが、今のような研修制度はありませんでしたから、7か月後には大学外の病院に出て、小児科医として働いていました。県立宮崎病院での急性骨髄性白血病の患者さんとの出会いが決定的な出来事でした。とてもいい子でしたし、お母さんも素晴らしい方で、骨髄移植を受けるために九州がんセンターに紹介しました。残念ながら戻ってくることはなかったのですが、何とか救ってあげたかったという思いが強く残りました。今でも、亡くなった患者さんたちのことは鮮明に覚えています。

それからほどなくして、血液腫瘍を専門にやっていくと宣言して、4年目から九州がんセンターに国内留学して造血細胞移植術をはじめ臨床経験を積んだ後、5年目から本格的に大学院で小児がんの研究を始めることになります。

2004年にアメリカのセント・ジュード小児研究病院に留学しました。アメリカの小児がん施設としては世界的に有名な病院で、日本をはじめ世界中から小児血液腫瘍の専門医が集まっていて、研究に没頭する日々でした。日本に戻ってからも、サブスペシャルティとして血液腫瘍の臨床と研究を続けながら、医学部での教育にも携わるようになりました。

宮崎の小児医療の体制づくり

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宮崎の小児医療は、大学病院で白血病や先天性心疾患などの指定難病の患者さんや治療の難しいネフローゼ症候群など免疫抑制剤の投与が長期間必要な子どもたちを診るという一方で、県立宮崎病院、都城医療センター、都城市郡医師会病院、県立延岡病院、宮崎県済生会日向病院、県立日南病院で感染症をはじめとする一般疾患の入院治療を受け持っています。

感染症を合併すると厳しくなる難病の子どもたちを守るには、感染症の子どもたちと接触しないように物理的に分けながら治療を行うのがベストという構想の下、完全に住み分ける形で連携しています。

小児がん医療の現在

昔は外科手術でがんを切除して根治という方法しかなかったのですが、医療の進歩により、放射線治療、抗がん剤による化学療法、免疫療法、分子標的療法など様々な手法や薬剤が開発されてきました。昔は不治の病といわれていた慢性骨髄性白血病も、分子標的治療薬という飲み薬で治るようになりました。

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リスクアセスメントしながら適切な治療ができるようにがん医療そのものが変わってきていて、私たちの治療方針も、無理に移植せず、子どもたちが同世代の人と同じように人生を謳歌できるようになるというところに重きを置いています。

診療科が専門的に細分化されていく中で、小児医療に関しては、全身を診るということが求められます。臓器別ではなく、個体全体を診ていくというのは、学問としても魅力的です。遺伝子解析の分野も進んでいて、小児がんは、大人のがんに比べて、少ない遺伝子の傷(変異)、およそ5~6個の傷(変異)が積み重なって発症するのですが、小児がんの患者さんの10%ぐらいは、生まれつき遺伝子に傷(変異)があるという研究もあります。そのような患者さんを正しく選別して体に負担の少ない治療でがんを治してあげて、大人になっても長期フォローしていくことが大切です。

宮崎大学医学部附属病院専門研修プログラム

小児科研修プログラムの特徴

専攻医を対象としたミニレクチャーを定期的に開催している他、フィードバックや客観的な到達度評価等についても充実を図っています。専攻医終了後には専門医取得が可能です。その後は希望に応じてサブスペシャルティの決定、国内・海外留学、大学院進学などを決定していく形となります。また、女性医師が出産・子育てをしながら小児科医としてのキャリアアップが可能となるよう、個々の事情によって最大限サポートを行っており、実際に多くの女性医師が活躍しています。

各専門分野の集結

■各専門分野(血液・腫瘍・免疫、腎臓・膠原病、神経、循環器、内分泌・代謝)を研修
■小児科専門医取得に必要な幅広い疾患の研修
■将来のサブスペシャルティをイメージしやすい

教育体制の充実

■基本的知識は、ミニレクチャー(週1回)で取得
■専門知識は、各診療グループ別のカンファレンスで取得
■最新医療は、抄読会(週1回)でアップデート
■希望者はリサーチミーティング(隔週)に参加可能

サブスペシャルティの充実

■専攻医終了後、翌年には小児科専門医を取得可能
 手厚い指導を継続
■専門医取得後、サブスペシャルティとして国内・国外留学可能

女性医師のキャリアアップ支援

■出産・子育て支援
■勤務形態を最大限考慮
■サブスペシャルティとして活躍、国内・国外留学も可能

小児科医を目指す医学生へのメッセージ

「小児科は、曙の医学」

私が小児科医になると決めた理由のひとつが、先輩医師から聞いた「小児科は、曙(あけぼの)の医学」という言葉です。子どもたちには未来があります。子どもたちの成長をその後も見守ることができるのが一番のやりがいです。子どもらが成人となり、結婚・出産したり、人生の節目で喜びを分かち合えることができるのも、小児科医の醍醐味ですね。

小児科医は大変というイメージが先行しすぎているのかもしれませんが、それ以上にやりがいのある仕事だと思います。特に大学病院は難しい患者さんが集まる場所ですので、患者さんの命ファーストで、子どもたちの未来を背負っているというプロ意識が高い職場です。同じ志を持つ者同士の一体感や、困難を乗り越えた時の充実感で、スタッフの仲も良く、毎日わいわいと賑やかに頑張っています。

未来の宮崎の小児医療を支えていけるような人材を輩出していきたいと思っていますので、ぜひ扉を開けて入ってきてください。

盛武 浩 氏と小児科の医師達

宮崎県地域医療支援機構(事務局:宮崎県医療薬務課)
〒880-8501 宮崎県宮崎市橘通東二丁目10番1号 TEL 0985-26-7451
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