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雨田 立憲 氏

プロフィール

雨田医師 プロフィール写真

  • 1989年、宮崎医科大学卒。沖縄県立中部病院地域救命救急診療部に従事。東日本大震災の被災地派遣の医療救護チームの一員として岩手県での医療活動にあたった経験も持つ。
  • 2003年には宮崎善仁会病院の廣兼医師とともに救急総合診療部の立ち上げにも携わる。
  • 2012年4月、県立宮崎病院の救命救急科の専従医として赴任。
  • 【専門分野】研修医教育・ER型救急医学
  • 【資格】日本プライマリケア連合学会研修指導医・日本救急医学会専門医

救命救急センター

断らない救急への飽くなき挑戦

県立宮崎病院では、平成24年に救命救急科を新設。雨田医師を招聘し、救命救急・教育研修・災害対策を3つの柱とした救命救急センターとしての生まれ変わりを図っている。

沖縄でのER型救命救急センターでの豊富な経験をベースに、プライマリ・ケアから高次医療までの自院完結型医療の推進と、臨床力に長けた次世代医師養成のための救急研修をモットーとし、日々の救急医療活動以外でも施設・設備の充実や人材育成に改革のメスを振るっている。

救命救急センターというには、ほど遠い

公演中の雨田医師1

今の県立宮崎病院の状況は、自分の思い描く理想の救急医療とは程遠いと語る雨田医師。24時間365日体制の断らない救急医療の提供を実現するためには、公立病院への医療資源の集約によるマンパワーの充実と教育研修施設としての受け入れ体制、そして、病院施設そのものもER型に特化する必要があるという。

かつて高校生の時分に従兄弟の死に遭遇した。救急車を呼んだが、救命センターや大病院では受け入れがままならず小さなクリニックに運ばれ、そのまま帰らぬ人となった。若干二十歳のごく身近な人間の死。そんな自らの体験から、これ以上悲しい患者やその家族をつくらないという思いが、救急医(ER医)の道へと歩ませた。

「救命センターは、全日対応するというところに存在意義があると思っています。日中の急患には対応できて当たり前、他の病院が閉まったり、人の少なくなる夜間にも同じ医療が提供出来るようでないと救命センターとは言えません。」

現在、県立宮崎病院では、救急専従医が2名で日勤帯の救急車の受け入れを中心に行い、研修医とともにアドバンストリアージの診療スタイルで救急外来に重きを置いた態勢をとっている。しかし専従の看護師もおらず、各科との連携もまだ発展途上というところで、苦しんでいる。

「本当の意味での総合内科医が必要だと考えています。そして、救急の現場において、看護師さんの力はとても大きいのです。とにかくやる気のある人が来てほしいですね!」

患者に優しい救急システムが、研修医を育てる現場になる

患者に優しい救急システムについて語る雨田医師

救命救急センターには、いくつかのタイプがある。ICUから手術・検査・入院設備まで全てそろっている完全独立型、当直医から各診療科へ受け渡しをする各科相乗り型、そして北米式のER型。

搬送時間がダイレクトに命に係わる救急医療の現場では、ER型の救急を行おうと試みる病院は多い。専従医が常駐することで救急隊からのワンコールに対応でき、転院転送も減らすことができるのがその利点だ。

北米型のERとは、重症度や疾病の種類に関わらず、全ての救急患者の初症を救急専従医が診ることを前提に管理運営を行い、救急外来の診療のみで入院診療を担当しないというものである。また、研修医や医学生が救急専従医の指導のもとで、患者のファーストコンタクトに当たるというのも特色で、これがコモン・ディジーズやコモン・コンディションに対処できるようなジェネラリスト養成に最適な環境でもあり、研修医の活躍の場のひとつとなっている。

沖縄県立中部病院をモデルとして

沖縄県立中部病院をモデルとして1

沖縄県立中部病院は、ER型の救命救急センターというよりも、病院全体がERになっていて、専従医がすべての救急患者の診察に当たる。ICUや手術・検査・入院は共有しており、バイタルの不安定な患者がいれば朝の回診時間帯にチェックし、各診療科の専門医もERを覗いては、自分の科に入院しそうな患者がいないか、外来で診ている患者が搬送されてきていないかも、すぐに把握できる仕組みをとっている。」

全ての研修医にERでの研修を義務付け、当直や入院時の診療を担当させるため、各診療科にローテートした後も、自然とERに足を運ぶようになり、夜間に重症患者が複数搬送されてきた場合なども、病棟の当直医に声を掛ければすぐに手伝うというような協力体制が築かれている。

当直は、指導医+後期研修医+初期研修医の組み合わせを維持し、常に各科4〜5名の体制を確保し、医師だけではなく、看護師、検査技師、放射線技師、薬剤師等も3交代勤務で複数名ずつ配置することで負担の軽減、集中力の維持に配慮している。

実際、中部病院のある沖縄県中部地区は、宮崎市と同規模の人口で、実現できない環境ではない。ただ、沖縄の救急医療の充実は、病院のできた経緯と県民性が大きく影響しているという。

「麻酔は入っててもメスが入っていなければ、トリアージして入れ替えることに何のためらいもないんです、医者も患者も。」 

緊急手術が複数入ることもある救急の現場。より優先されるべきは、命。

「沖縄のおばあちゃんは救急のベッドが満員になると、自分で降りて『これ使いなさい』って高校生に譲ろうとするんですよ。いやいや大丈夫だからって戻すんですけど、そういうシーンを何回も見てます。」

そんな充実した沖縄での日々であったが、「宮崎をほうってはおけない」という思いで故郷に帰ってくる。

沖縄県立中部病院をモデルとして2

宮崎にER型救急を!

公演中の雨田先生2

「救急の1次2次3次という分け方が嫌いなんです。診もせずにどこに運ぶかを誰がどのタイミングで判断するんですか? ここで、あなたは軽症だから少し待っててね、あなたは急いで手術室に運びますから、という判断をするには患者さんがある程度集まる病院じゃないと成立しません。そしてそこに指導できる医師が24時間365日いることが必要ですね。」

県立宮崎病院のある宮崎東諸県医療圏の救急搬送件数の割合を見ると、トップ3(県立宮崎病院・宮崎善仁会病院・潤和会記念病院)で40%程度(※平成23年度実績)。それぞれ年間で1600〜1900件ほどの救急搬送を受け入れているが、残りの60%は民間病院等が担っている。

内科医や小児科医の不足を補うため、市中病院での輪番制を導入してはいるものの、専従者不足と医師の高齢化とも相俟って、ベテラン医師の疲弊と救急体制の存続が逼迫した課題となっている。

これまで、宮崎の救急医療体制の中で重篤な患者を受け入れていたのは県立宮崎病院と県立延岡病院。ともに3次医療施設として動いていたため、ER型の救急を前提とした施設や設備ではなく、組織づくりもスタッフの意識向上も、まだこれからだと語る。

24年度から宮崎大学医学部附属病院救命救急センターが県内医療の最後の砦として稼働し始め、各病院の性質と役割分担もドラスティックに変わる時期に来ている。

雨田医師の構想では、公立病院をER中心の医療施設としてマンパワーと症例を集約させ、24時間365日体制の受け入れ実現のためのコメディカルも含めた交代制の導入と、研修医養成機関としての指導体制の確立が急務だと考えている。

その意味では、変化するなら〝今でしょう〞。

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