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上田 章氏

研修病院としての伝統と実績

県立宮崎病院

県立宮崎病院の設立は大正10年。長年、市中の中核病院としての重責と、医師の養成機関としての役割を担ってきた。昭和49年に宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)が設立されるまでは、宮崎県内に大学医学部が存在しなかったため、若き医師たちの研修の中心地は宮崎病院だった。研修時代の若かりし日々をこの病院で送ったこともある上田医師は当時を懐かしみながら、今の制度に合わせた研修プログラムを開発している。

「卒業後1年目の研修は宮崎病院の内科で、1・2級上の先輩医師たちが親切に教えてくれましたし、比較的時間に余裕もあったので、自分たちで勉強会を開催したり、医長の先生にも質問に行っていました。2年目は九州大学での研修で、毎日、検査・カルテの整理・回診など、朝7時から夜11時まで業務にフル回転し、毎週金曜日には、カンファレンスでの発表があったので、前夜はその準備で大変だったことを覚えています。」

医療が高度化して、技術や知識の面では覚えるべきことが増え、インフォームドコンセントなど患者や家族とのコミュニケーションも複雑になっているため、昔よりも研修プログラムの細やかさが重要になってきていると感じている。

「私が卒業した昭和52年当時は、医療も今ほど複雑ではなく、単科ストレート式で、卒業後、すぐに専門の医局に入局していました。現在の制度は、2年間の初期臨床研修後に専門診療科に進みますが、医学部卒業までに6年、初期研修を2年、その後後期研修となりますので、ひとり立ちするまでの研修期間がどんどん長くなっていますね。」

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新しい臨床研修制度が始まって10年。都市部の大病院に研修医が集まる傾向が強く、地域での研修医確保は苦難を強いられ、地域医療の医師不足問題の原因のひとつとなっている。県立宮崎病院も基幹型臨床研修病院として、マッチングに参加し、毎年、5名から10名の臨床研修医を受け入れているが、フルマッチとはいかない現状もある。

「研修医の受入数は、全国的には大学病院と臨床研修病院とで半々ぐらいの割合なのですが、宮崎県の研修医は大学病院に30名前後、臨床研修病院に15名前後と、定員を満たしてもおらず、後者が特に少ないので、大学とは違った環境での研修生活の魅力を伝え、さらなるプログラムの充実を図りたいと考えています。」

地域から求められる総合力

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県立宮崎病院は、地域がん診療連携拠点病院・災害拠点病院(基幹災害医療センター)・救命救急センターなど多数の機能を有する総合的な中核病院である。

「宮崎病院には全ての診療科があり、それぞれに専門家がいますので、一般病院の模範となるよう心掛けなければいけません。また、救急も3次まで対応、特に複数の診療科にわたるような複雑な疾患に対応できるような体制が求められています。また、教育機関である大学病院とは別の形で、先進医療に対応できるようなレベルを維持し、感染症・小児・周産期・精神・災害医療に関しても、地域医療の最後の砦としてより実戦的な医療機能が求められています。」

地域医療における医師不足の解決には、経験のある医師をリクルートすることと、新しい医師を育てることの両面が必要だと考えている。

「地域医療の充実には、初期研修から専門研修への繋ぎも重要となります。総合診療専門医を含めた基本領域専門医の資格が、大学だけでなく、市中病院でも取得できるようにしたい。開業医から、あるいは、大学教授を退職してから地域医療へ進むという道もあります。ひと仕事終えた医師が、第2の人生として地域医療への貢献を考えているという方も少なくないのでは。」

経験のある医師が新人を育てながらも、患者に向き合う臨床医として活躍できるような環境整備が、地域住民にとっても、ベテラン医師にとっても、研修医にとってもメリットとなる。

県立宮崎病院の研修の特長

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ベッド数535床、地域の中核病院として多大な実績があり、外来患者数は約700名。立地条件もよく、臨床研修施設としては十分な症例数のある恵まれた環境となっている。

「手技を中心に実践力を身に付けてもらいます。理論や知識を学び、先輩の手技を見学できる機会も、自ら実践できる機会も多いです。担当できる入院患者さんも多く、この点においては大学病院の研修とは大きく違うところです。また、臨床をベースにした研究熱心な指導医も多いので、学会や研究会への参加など、自らが発表をする機会もありますので、学術面での力も付きます。」

研修方針は、医療技術だけでなく、医師としての人格涵養と、医学・医療の果たすべき社会的役割を認識し、コミュニケーションとしての傾聴力を大事にしている。

プライマリ・ケアの基本的な診療能力の習得はもちろん、各診療科では、マンツーマンの指導で、週に1度の研修医向けのカンファレンス実施など、とにかく実践力を付けることを重視。地域医療の領域は、山間部の公立病院での研修が組まれていて、地元に宿泊し、患者さんとのふれあいを通じて地域医療の真髄を学ぶ。

「2009年度に精神医療センターが設置され、精神科の研修もできるようになりました。一番大きな変化は、長い間課題であった救急科の研修で、2012年度より専任部長として雨田医師が赴任され、救急部の整備と救急研修が充実しつつあります。」

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県立宮崎病院に2013 年から導入されたドクターカー

ドクターカーも導入し、雨田医師の下で、教えを乞いたいという研修医も集まってきている。3ヵ月間の救急部研修は希望者も多く、実戦的な救急診療の実力が身に付くと、評価も高い。

「臨床研修病院としての長い伝統とノウハウの蓄積、看護師や検査技師、職員も含めて研修医を育てるという文化があるので、2年間の初期研修で立派な医師に育ってくれるものと期待しています。病理や放射線科を含め、ほぼ全ての診療科の専門の指導医が揃っていますので、自分自身が求めれば、いくらでも応えてくれる環境があります。臨床研修病院としては、宮崎県内で最も総合力のある病院です。」

平成24年度からは、県立宮崎病院と、県北の県立延岡病院、県南の県立日南病院の3病院をローテーションする「宮崎県立病院群フェニックスプログラム」を創設。3病院が連携を図ることで、県内各地の状況に応じた幅広い臨床体験が可能になるなど、医師としての適性やキャリアパスを幅広い環境で考えることのできる仕組みづくりを行っている。

「毎年、様々な大学の出身の研修医が入ってきています。宮崎大学出身者だけなく、宮崎県の高校出身ながら他県の大学を卒業した研修医や、全く宮崎にゆかりのない若手医師もいて、ヘテロな集団となっていますので、刺激も多いのではないかと思います。」

これまでに、100人ほどの研修医を輩出している県立宮崎病院。初期研修後の専門医資格の取得に関しても、新専門医制度に対応する準備を進めている。それぞれの専門医資格を取得し、指導医として再び舞い戻ってきた医師も増え、後進の指導にも熱心に取組んでいる。

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医学生・研修医へのメッセージ

「医療は、衣食住・教育・介護と並ぶ生活の基本であり、地域づくりそのものです。その中で医師は、標準的医療を実践できることが存在意義です。そして、その基礎の上に、他の医師に負けないようなストロングポイントを持つことが、自らの自信になります。また、医療の世界は日進月歩、凄まじいほどの速さで進歩・変化しますので、医師になってからも生涯教育、常に学び続けることを忘れずに!」

研修医の声

初期研修1年目 松村 圭祐氏

初期研修1年目です。救急から始めて、産婦人科を回り、今は内科に居ます。上田先生はとても優しい方で、研修医が無理をしすぎないようにセーブを掛けたりと、適切なマネジメントをして下さるので、ありがたいです。

宮崎病院には、学生の時にクリクラで来ていたということもあり、産婦人科と救急科が充実している病院ということでここを選びました。実家が産婦人科医院で、数が少なくなっているこの分野の担い手が必要だと思っています。

中核病院でハイリスク以外の患者さんも取っていたら、2次3次としての役割が果たせなくなりますので、役割分担として正常分娩を診る開業医としてやっていくことを考えています。宮崎県内の病院で医師としてのスタートを切りたかったのと、救急に学生の頃からお世話になっている雨田先生がいらっしゃるというのも大きかったですね。

最後に先生にとっての医療とは?

医療は、衣食住、教育・介護と並んで、生活の基本である。 宮崎県立宮崎病院 副院長 研修管理委員長 上田 章氏

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